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2015/06/13

Zeissの古典鏡玉PART 3: Carl Zeiss Jena Planar 10cm F4.5, 75mm F4.5 and E.Krauss Paris Planar-Zeiss 60mm F3.6




世界中にあるさまざまなタイプのレンズの多くは、その起源をCarl Zeissに求めることができる。現代の明るいレンズの基本構成もその例外ではない。19世紀末にClark(クラーク)のガウス型レンズの発展形として登場したPlanar(プラナー)である。
 
Zeissの古典鏡玉 Part 3
高速レンズのマイルストーン
Planar F3.6 and F4.5
1895年に密着型アナスティグマートの最高峰Doppel-Protar (ドッペル・プロター) を完成させたCarl Zeissのレンズ設計士Paul Rudolph(パウル・ルドルフ) [1858-1935]はアナスティグマートの要件を満たしながらPetzval (ペッツバール) やTriplet (トリプレット) 並の明るさを実現できる新たなレンズの設計に取り組んだ。これは当時広がりつつあったシネマ用レンズやハンドカメラ用レンズの需要に応えるため、光学メーカー各社が掲げた急務の課題でもあった。当時のレンズ設計の主流は密着方式といいレンズ同士を接着し空気境界面を積極的に減らす方式で、Protar (プロター)やDagor (ダゴール)などがその代表格である。しかし、この方式では分厚いガラスを用いても充分な屈折力 (パワー)を得ることはできず、レンズの明るさはF4.5にも届かなかった。Rudolphは新型レンズの構想をいち早く密着方式から分離方式に転換し、1895年にPlanar (Zeiss Anastigmat Ia)を完成させている。
PlanarはClarkのガウス型レンズが持つ内側2枚の凹メニスカスをダブレット(2枚を貼り合わせレンズ)に置き換えた構成となっている(下図)。第1・第2レンズ間、および第5・第6レンズ間に空気間隔を設けるとともに、主光線が高い位置を通過する場所に正の凸レンズ、低い位置に負の凹レンズを配置することで強大なパワーを引き出し明るいレンズを実現している。コマ収差への対応に課題を残しながらも他の主要な収差をいっぺんに補正することができ、充分な明るさと広い実用画角を両立させることのできる画期的なレンズであった。ハンドカメラに必要な高速性に加え、歪みや像面湾曲、倍率色収差が少ない対称設計ならではの長所が生かされ、絞った際の焦点移動が小さいという優れた特徴もあることから、縮写用レンズや引き伸ばし用レンズとしての適正を備えていた。Planarというブランド名はこうした像面の平坦性を由来にしており、ドイツ語の「平坦な」を意味するPlan (ラテン語ではPlanus) を語源にしている[文献5,参考資料6]。プラナーが設計された時代は各社から口径比F4.5の明るい分離型アナスチグマートが登場しようとしていた頃であるが、いきなりF3.6で登場したプラナーは当時としては最も明るいクラスのレンズであった。
19世紀末にClarkのガウス型レンズの発展形として登場したPlanar。左はPlanarの元になったClarkのガウスレンズ F8(1888年)で、右はその発展形として登場したPlanar F4.5の初期型である。Planarの設計で注目すべき点は、まず曲率やガラス厚みを操作し主要な5収差を補正、最後にガラスの選択により色収差を補正するというRudolphならではの手順である[文献2]。Planarには前群と後群の焦点距離が同じ対称型と焦点距離に差のある非対称型の2種が存在する[参考資料1]。対称型は引き延ばし用や縮写用として設計されたモデルであり近接撮影に強く、非対称型はポートレート写真や集合写真など一般撮影に適したモデルである







Planarは1895年に設計され、1896年にレンズの特許がドイツと英国で開示されている[文献1]。翌1897年には最初の試作レンズ(プロトタイプ)が造られた。レンズの製品ラインナップについては1901年の桑田写真要覧や浅沼商会のカタログ、1907年の上田写真機店や浅沼商会のカタログ、Rokuoh-Shaからの資料、Zeissの公式カタログ(1907年)などが参考になり、縮写・引き伸ばし用(一部は顕微鏡用)に設計されたモデル(Series Ia No.1-No.5)と一般撮影用(一部は製版用)に設計されたモデル(Series Ia No.6-No.19)、色収差の補正に重点を置いたモデル(Series Ia No.22-29)、3色カラーによる複写や製版に適したアポクロマート仕様のモデル(Series VIII Apochromar-Planar No.11-15)に大別されている[文献2-4, 参考資料1]。このうち一般撮影用モデルの方は1897年の登場からラインナップを着実に広げ、一時は30mmから840mmまで15種類の焦点距離を揃えていた。しかし、1906年頃から登場したTessarの明るい新型モデル(F3.5とF4.5)にシェアを奪われ、翌1907年に生産量が激減、1912年には生産中止へと追い込まれている[文献6]。ここまでの製造本数として台帳に記録が残っているものは僅か559本+αである。当時のZeissはPlanarを万能レンズとはせず風景撮影や室内(スタジオ)撮影にはUnarやTessarを推奨していたため、Planarが一般撮影用レンズとして脚光を浴びることはなかった。

Series Ia (Planar)
No.1からNo.5は縮写・引き延ばし用に最適で、No.1-No.3は顕微鏡用にも適している。また、ZeissのカタログにはNo.1-4がシネマ用に適しているとも解説されている[文献2]。これらのモデルは近接域で用いることを前提に設計されており、ポートレート域で用いると明らかにソフトな描写傾向になる。シネマではこれが返って雰囲気を表現するのに向いていると判断されたのでろう。設計は前群と後群が同一の焦点距離をもつ均斎式(対称型)である。近接撮影に強く、光学系の対称性を利用して歪みと像面湾曲、色収差を良好に補正している。撮像面の推奨サイズはCarl Zeissのカタログを参考にした[文献2]。


Carl Zeiss Jena, Planar No.5 10cm F4.5(Black): 重量(実測) 166g, Serial number 48XXXX(1922年製造),  絞り羽 13枚, フィルター径 33.5mm前後, 絞り指標 4.5/6.3/9/12/18/25, マウントネジ M39/L39(M39-M42ステップアップリングとM42ヘリコイドを用いて一眼レフカメラで使用可能), 構成 4群6枚ダブルガウス型




Carl Zeiss Jena, Planar No.5 100mm F4.5(Gold): 重量(実測)112g, serial number 51XXX(1900年代初頭の製造), 絞り羽 13枚, フィルター径 33.5mm前後, 絞り指標 4.5-23, 構成 4群6枚ダブルガウス型, マウントネジはM39/L39なのでM39-M42ステップアップリングとM42ヘリコイドを用いて一眼レフカメラで使用可能となる
Carl Zeiss Jena, Planar No.4  75mm F4.5: 重量(改造のため不明), Serial number 62XXX(1924年製造),  構成 4群6枚ダブルガウス型, マウントネジはM39/L39なのでM39-M42ステップアップリングとM42ヘリコイドを用いて一眼レフカメラで使用可能となる
一方、No.6からNo.19は前群と後群の焦点距離に差がある半均斎式である。設計を非対称にすることで遠方撮影時に問題となるコマを抑え、一般撮影への適正を高めたものと考えられる。No.6からNo.11はポートレート写真(ハンドカメラ搭載)に最適で集合写真にも適している。ポートレート域ではNo.1-No.5よりもシャープネスが高く、ヌケもよい。マクロ域での性能もNo.1-No.5には一歩及ばないものの優れている[文献2]。ただし、風景(無限遠撮影)には対応していない。撮像面の推奨サイズは上田写真機店の1907年のカタログ[文献3]を参考にした。



E. Krauss (Eクラウス) Paris, Planar-Zeiss No.7 6cm F3.6: 重量(実測) 124g, 絞り羽 10枚構成, フィルター径 29.5mm前後, 絞り F3.6-F23, 構成 4群6枚ダブルガウス型, SN:628XX(1905年前後の製造),マウントネジはM39/L39なのでM39-M42ステップアップリングとM42ヘリコイドを用いて一眼レフカメラで使用可能となる
No.12からNo.19は撮像面の大きさが大判カメラに適合しており、集合写真に最適である。このうち、No.16からNo.19までは複写や製版にも適している。撮像面の推奨サイズは上田写真機店の1907年のカタログを参考にした。



No.22からNo.28は開放F値がF6.3と控えめに設定されている。Zeissのカタログでは「アポクロマート的に補正されたレンズ」と紹介され「自然な発色を求める写真に向いている」とのことで、色収差の補正に重点をおいたレンズ(アポクロマート未満)のようである。構成が均斎式であるか半均斎式であるかは情報不足のため判断できないが、カタログではNo.1-No.5を均斎式であるとしNo.22-No.28が半均斎式であることを暗示するような表現になっている。撮像面の推奨サイズはZeissのカタログを参考にした。






Series VIII No.11-15 (Apochromat-Planar)
3色カラーによる複写・製版用レンズとしてZeissは3色に対して色消しとしたSeries VIII Apochromat-Planar No.11-No.15を用意している[文献2]。このモデルが均斎式であるか半均斎式であるかは不明だ。ちなみにSeries VIIIのNo.0-No.5はApochromat-Tessarである。No.6-No.10はZeissの1907年のカタログにも記載がない。Apochromat-Unarだったのであろうか?


各モデルの生産量 
下の表はZeissの台帳[文献6]で確認のとれる一般撮影用モデル(No.5-19)の生産本数である。比較的多く生産されたモデルは60mm F3.6(30本)、130mm F3.8(43本)、160mm F3.8(60本)、205mm F4(129本)、250mm F4(215本)であり、205mmと250mmの生産量が飛び抜けて多いのは当時主流だったカメラが5x7インチの大判用だったためである。一方、60mmのモデルは24mmx24mmフォーマットのステレオカメラ、130mmと160mmのモデルはNewman and Guardia社のHigh Speed PatternやUniversal Special Bという中・大判カメラ(一般撮影用)に搭載するレンズとして、比較的まとまった量が供給されている[参考資料2,3]



これに対し、縮写・引き延ばし用モデルNo.1-5(F4.5/2cm-10cm)は1897年から1932年まで長期にわたり生産され、Zeissの台帳[文献6]に記載されている分だけでも3667本が市場に供給された。解像力の高さ、色収差と歪みの少なさ、絞った時の焦点移動の少なさでPlanarはTessarの追従を許さなかったかったため、特殊用途向けには需要が続き、長く生き残ったのである。台帳で確認のとれる製品モデル毎の生産量は下の表のとおりである。ただし、Series VIIIのApochromat-Planarはリストに入れていない。どのモデルも戦時中の期間を除きコンスタントに生産されていたことがわかる。
台帳をながめていると1896年に早くもPlanarと思われるレンズの製造記録があることに気づく。レンズはAnastigmat F4.5と記載されているが、Unar F4.5(1899年設計)の登場はまだだいぶ先のことである。これがPlanarならば1897年に登場したとする大方の見解よりも1年早いことになり、Planar誕生年が定説よりも早まる。もちろん、現物が出てくること以外に検証手段はない。











Planarの誕生とともに切り拓かれた4群6枚の光学設計(ダブルガウス)は一眼レフカメラの時代の到来とともに明るいレンズの基本構成となり、レンズ設計の潮流は1960年代を境に20世紀初頭から続くテッサータイプの時代からダブルガウスタイプの時代へと大きく転換していった。プラナーの名もその元祖としての歴史的意義から偉大なマイルストーンとして語られるようになっている。ポートレート用PlanarはTessarの登場により活躍の場を奪われ1911年に姿を消してしまうが、42年後の1953年に西独Zeissが2眼レフカメラのRolleiflex 2.8Cに供給したモデルとして復活を遂げる。また、ルドルフのプラナーを祖とするダブルガウスタイプの構成としても1959年にContarex I型に搭載する交換レンズとしてPlanar 50mm F2(設計は1952年)が登場している[参考資料4]。Rolleiflex用Planarはルドルフのプラナーとは設計の異なる5枚構成であったが「プラナーの中のプラナー」とまで呼ばれ、このモデルを用いた写真家達が印象的な写真を数多く残したことで絶大な人気を得るようになる[文献7]。その後のプラナーに対する人々の熱狂ぶりは「プラナー信仰」という象徴的な言葉を生み出したほどである。かつてのプラナーがもっていた「特殊なレンズ」というブランドイメージはRolleiflex用Planarの目覚ましい活躍により、跡形もなく吹き飛んでしまったのである。
Planarの本格的な活躍は戦後になってからのことである。戦前のPlanarは明るいSonnarやコストパフォーマンスの高いTessarのもと影の薄い存在であった。例えるならばジュラ紀や白亜紀の哺乳類であろう。恐竜が地上の覇者として君臨していた時代をひっそりと生き抜いたネズミのような存在だったのである。

参考文献
  • 文献1: Carl Zeiss Jena: German Pat. Spec. No.92313(1896), Brit. Pat. No.27635(1896)
  • 文献2: Zeiss Photo Lenses Catalog 1907
  • 文献3: MODERN CAMERA 1907 T.Ueda, Manufacturer, Importer and Explrters of Photographic Objectives and Photo Accessories, No.244 Osaka Japan;  上田写真機店「最新写真機」(1907年, 明治40年) P.32  
  • 文献4: 桑田写真要鑑 桑田商店出版 桑田正三郎著(1901年, 明治34年)
  • 文献4A: 寫真機材目録 浅沼商会 1907年,Photo supplies Catalogue Asanuma & Co. 1907
  • 文献4B: 写真機械及薬品写真版及石版器具図解目録 浅沼商会 浅沼藤吉 編 1901年
  • 文献5: 「カメラ名の語源散歩」(新見嘉兵衛著・写真工業出版社)
  • 文献6: Zeissの台帳;Carl Zeiss Jena Fabrikationsbuch Photooptik I,II-Hartmut Thiele 
  • 文献7: 写真工業2006/06, ツァイスレンズの研究 p33
  • 参考資料1: Rokuoh-Sha; Zeiss Anastigmatic Lens, Sereis, Ⅰa. (Planar) 
  • 参考資料2: Early Photography; "Newman and Guardia"
  • 参考資料3: Early Photography; "Universal Special B" 
  • 参考資料4: Marco Cavina's Page; Zeiss Planar 50mm History
  • 参考資料5: E.Kraussシリアル番号; M42 MOUNT SPIRAL(2013年8月12日記事)
  • 参考資料6: 「レンズ史に名を刻むツァイスの真価 Carl Zeiss Lens」 Sony Zeissレンズ公式HP
入手の経緯
Planar 4.5/100(2本)4.5/75は古典レンズ愛好家lense5151さんからの借用品である。どのモデルも経年を考えると素晴らしいコンディションで、75mmの方も鏡胴こそボロボロだが光学系は良好な状態であった。縮写・引き伸ばし用のモデル(F4.5)は35年間もの長期にわたり製造されたロングセラーである。3667本という生産量を考えると著しくレアな製品とは考えにくいが、その割には中古市場に出回る機会が少なく、入手難易度は高い。誰かがどこかで大量に保有しているのかもしれない。あるいは戦火で失われてしまったのだろうか。


E.Krauss Planar-Zeiss 60mm F3.6は2014年6月に東京の代官山に店舗を構えるphoto:mutoriの店頭にて78000円で購入した。当初は店のホームページに掲載されていたステレオカメラ用のHeliar (ヘリアー)に興味があり実物を見るため訪店したのであったが、店主にこれからホームページに掲載するPlanarがあるとのことで紹介してもらったのだ。見た瞬間に鼻血が出そうになった。なんと口径比F3.6のポートレート撮影用である。実物を見るのはこれが初めてであった。レンズにはオーダーメードの真鍮製アダプターが付いており、M42に変換され無限遠のピントも精確に調整されていた。ガラスの状態は素晴らしくホコリもほぼ皆無に近い。シリアル番号からはレンズが1905年前後に生産された個体であることがわかった[参考資料5]。店頭でカメラにマウントさせてもらいファインダーを覗いたところ、ピントの山が驚くほど良く見える。解像力が高くシャープなレンズであることは明らかであった。F3.6のモデルは希少性が極めて高く探し出すのは絶望的であろう。しかも、本家のZeiss製ではなくフランスのE.Krauss製である。以前、私はE.Krauss製レンズのシリアル番号を調査するためE.Kraussと名のつくカメラやレンズを片っ端から調べたことがあり、このPlanarの希少性がどれほど高いものであるのか身をもって知っていた。中古相場は全く不明であるが、CollectiBlendには一般撮影用として供給された本家Zeiss 370mm F4.5(No.15)のeBayでの落札記録が残っており、需要の細い大判カメラ用にも関わらず1000ドルを超える値がついていた。直ぐに店主に連絡を取り「明日、購入に伺います」と伝え取り置いてもらった。レンズはその日の晩に店のホームページに掲載されたが、さっそく問い合わせが来ていたようで、まさにタッチの差である。コンディションが良いうえに見れば見るほどウットリしてしまう素晴らしいデザイン。素晴らしい出会いである。
 
撮影テスト
私が入手したプラナーは縮写・引き伸ばし用に設計された口径比F4.5のモデル(No.4: 75mmとNo5: 100mm)と、ポートレート撮影用に設計された口径比F3.6のモデル(No.7: 60mm)の2種である。前者は用途から考えると近接域でのマクロ撮影を専門としており、後者は中距離までをカバーし人物の肖像写真や集合写真までを専門とするレンズである。これらは万能レンズではないため、例えば風景(遠方もしくは無限遠方)で使用する場合には本来の性能が発揮されないことになる。この点には注意しなければならない。
 
Planar 100mm F4.5 and 10cm F4.5 (No.5):近接撮影用
近接域:開放では若干コマによる滲みとフレアがみられコントラストも低いが、1段(F6.3まで)絞るとスッキリとヌケが良くなりコントラストやシャープネスが向上、解像力も良好で線の細い繊細な描写となる。球面収差特性が近接でもなかなかアンダーにシフトせず背後のボケは依然としてザワザワと硬いなど、本レンズがはじめから近接域での撮影に重点をおいた設計になっていることを感じることができる。反対に前ボケは柔らかい。基本的には軟調で発色は淡泊である。

ポートレート域から風景:フレアが目立ちソフトフォーカスレンズに近い描写傾向となる。コントラストも低い。ヌケのよい像を得るには開放から2段~3段 (F9以上)深く絞る必要がある。背景のボケは硬くザワザワと騒がしいうえ解像力も低下気味である。近接域での性能を重視したことによる反動で、この距離では球面収差がかなりオーバーコレクション(過剰補正)の側にシフトしているのだろうと思われる。四隅の近くでは点光源の像が彗星状に尾をひくコマ収差特有の滲みを確認することができる。

Planar 75mm F4.5 (No.4):近接撮影用
描写傾向はNo.5(100mm)と良く似ている。開放描写はソフトで、シャープな像を得るには開放から絞りを1~2段、遠方を撮影する場合は更にもう1段深く絞らなければならない。背後のボケは近接域でも硬くザワザワとしている。やはり軟調なレンズで発色も淡白である。

Planar 60mm F3.6 (No.7, E. Krauss paris製):ポートレート撮影用
近接域からポートレート域まで開放からシャープでスッキリとヌケの良い写りである。風景など遠方撮影時にはやや解像力が落ち、開放ではコマによる滲みやフレアがみられることもあるが、少し絞れば収差的に良好な撮影結果となる。コントラストは良好で発色もよい。背後のボケは近接用ほど硬くはならず、ポートレート域で若干ざわつく程度で、近接域では柔らかい拡散に変わる。
EOS 6Dに搭載したPlanar 100mm F4.5
Planar 100mm F4.5(Gold barrel) and 10cm F4.5(Black barrel)No.4 近接撮影用
CZJ Planar 4.5/10cm@ f4.5(開放)+ EOS 6D(AWB) デジタル: 開放ではコマが多く残存しソフトな描写傾向である。フレアの入り方がとても美しいレンズだ
CZJ Planar 4.5/10cm@F6.3 銀塩カラーネガ(Fujifilm C200): ところが、被写体にこのくらいの距離まで近づけば1段絞るだけでスッキリとヌケの良い撮影結果が得られるようになる。やはり近接撮影用にチューニングされたレンズであることがわかる
CZJ Planar 4.5/10cm@F9 銀塩カラーネガ(Fujifilm C200): 遠方をシャープに撮りたいならば2段以上絞り込む
CZJ Planar 4.5/100mm@ F4.5(開放)+ EOS 6D(AWB) デジタル:再び開放。ポートレート域ではやはりソフトなテイストだ。ボケ味も硬くバブル気味。これはこれでよい
CZJ Planar 4.5/100mmF4.5(開放) + EOS 6D(AWB): 開放でのマクロ撮影。コマはポートレート域よりもむしろ少なく、解像力もある。ど真ん中のストライクゾーンは高解像で、蜘蛛の巣や手すりの質感を良好に解像しているが、中心から少し外れるとピント部でもモヤモヤとしてくる。ボケは2線ボケ気味である

CZJ Planar 4.5/10cm@F4.5(開放) + EOS 6D(AWB) デジタル:でも、少し離れると開放では全体的にモヤモヤとする。こういう被写体にはPlanar F4.5の出番である
CZJ planar 4.5/100mm @F9 銀塩カラーネガ(Fujifilm C200):3通りの絞り値に対する近接撮影での写りの違いを提示・比較した。F4.5(開放)での描写はこちら、F6.3 (一段絞り)での描写はこちら。開放F4.5ではモヤモヤとした滲みが発生しているが、1段絞るF6.3で滲みは消えコントラストが向上している。通常はこの位の近接域になると背景のボケは柔らかく拡散するが、このレンズの場合は近接設計のためか依然として硬いボケ味だ
CZJ planar 4.5/10cm @F9+ Bronica S2(カラーネガ Fujicolor Pro160NS): このレンズの場合は中判機で使用するのが最も相性の良い組み合わせである
CZJ planar 4.5/10cm @F6.3+ Bronica S2(カラーネガ Fujicolor Pro160NS): こちらもブロニカでの撮影結果だ。この位の近接域なら一段絞るF6.3でも十分な画質である

CZJ planar 4.5/10cm @F4.5(開放)+ Bronica S2(カラーネガ Fujicolor Pro160NS): 前ボケは柔らかく拡散する

CZJ planar 4.5/10cm @F6.3+ Bronica S2(カラーネガ Fujicolor Pro160NS): ポートレート域の場合、一段絞った程度では依然としてモヤモヤしたコマフレアがみられる
Yashica FX-3 Superに搭載したPlanar 75mm F4.5

Planar 75mm F4.5 No.4 近接撮影用
Carl Zeiss Jena Planar 4.5/75mm@F4.5(開放)+ EOS 6D(AWB): 開放ではピント部にモヤモヤとした滲みが入る 。背後のボケは硬い。ボケた点光源の輪郭にできる光の集積部のことを専門用語で「火面(または火線)」とよぶらしい。英語ではcaustics
Carl Zeiss Jena Planar 4.5/75mm@F6.3+ EOS 6D(AWB): 一段絞れば滲みは消える


Carl Zeiss Jena Planar 4.5/75mm@F4.5(開放)+  EOS 6D(AWB): 夏の夜の幻想を追い求めるならば本レンズの出番である

Sony Alpha 7に搭載したKrauss Planar-Zeiss 60mm F3.6
Krauss Planar-Zeiss 60mm F3.6 
 No.7 ポートレート撮影用
F3.6(開放), sony A7(AWB): あれれと思うほど艶やかなな写りである。開放でこれだけ写れば十分であろう。コントラストも良好だ。初期型Planarの底知れぬポテンシャルを感じる
F4.5, sony A7(AWB):半段絞れば解像力、シャープネス、コントラストともに更に向上し、素晴らしいレベルに到達する
F4, sony A7(AWB)
F3.6(開放), Sony A7(AWB): 柔らかく繊細な開放描写だ
F3.6(開放), sony A7(WB:曇天): 開放でも中心は高解像である。前ボケはフレアにつつまれ美しい
F5.6, sony A7(AWB): 
F5.6, sony A7(AWB): 逆光にもある程度は耐えてくれる
F5.6, sony A7(AWB):どうも遠方撮影では解像力が落ちる
F5.6, sony A7 (AWB): やはり、このレンズはこれくらいの距離で用いるのがツボのようである
上段F3.6(開放)/下段F5.6, sony A7(AWB): 近接撮影時のボケは縮写・製版用(No.5)よりも柔らかい
F3.6(開放), 銀塩ネガ撮影(Fujifilm SuperPremium 400, 35mm判): 開放で遠景を撮る場合、この距離くらいまでが限界のようで既にモヤモヤとしたコマが出始めている。これより遠方では絞り込んで撮らなければならない
プラナー初期型のポートレート用が1911年に絶滅したのは、このレンズがテッサーよりも劣っていたからではなく、当時はまだ「万能鏡玉」にはなれなかったためであろう。プラナーに備わった高い潜在力を目の当たりにするにつれ、そのような考えがだんだんと自分の中に芽生えてきた。万能鏡玉(万能レンズ)とは被写体までの距離に対する収差変動が小さく、マクロ域からポートレート域、風景までをマルチにこなせる総合力の高いレンズのことである。改めてプラナーのラインナップを眺めてみると、近接用とポートレート用が別設計で供給されており、ポートレート用においては風景(遠距離)までをカバーすることができないなど、一つの光学系で対応できる撮影距離の守備範囲がテッサーに比べると狭いことに気付かされる。初期のダブルガウスは遠方撮影時に問題となるコマ収差への対応に大きな課題を残しており、「使用上の注意」を守らなければ満足のいく撮影結果を得ることはできなかったのである。この問題に対しては後に前群のはり合わせを分離する新たな設計法が考案されることで解決の道が切り拓かれるが、それにはTronnier (トロニエ)のXenonの登場(1934年)を待たなければならなかった。