おしらせ


2012/01/05

Meopta Meogon 80mm F2.8 改M42 (L39/M39 Enlarging lens)


Meopta Meogon 2.8/80の前期モデル(上)と後期モデル(下)
 
四隅までスカッと写る驚異の5枚玉
PART2: MEOPTA MEOGON 2.8/80


Biometar/Xenotar型レンズの優れた描写特性は平面像の精密複写に適していることから、活躍の舞台は引き伸ばし用レンズ(エンラージングレンズ)の分野にも広がった。シリーズ第2回はチェコ(旧チェコスロバキア)のPrerov(プレロフ)に拠点を置き、暗室用具やシネマプロジェクターの分野で中東欧最大級の規模を誇る光学機器メーカーのMeopta(メオプタ)社が1960年代から1970年代にかけて生産した引き伸ばし用レンズのMeogon(メオゴン) 80mm F2.8である。引き伸ばし用レンズは画質への要求の高さから一般に小口径の製品が多く、35mmの一眼レフカメラに転用した場合には表現力に不満が残る。Meogonのように80mm F2.8(50mm換算でF1.75)と大きな口径を実現した常用画角の製品は稀である。この口径で引き伸ばし用レンズに求められる高い画質基準をクリアできたのは、画角特性の良いBiometar/Xenotarタイプの光学設計だからこそであろう。
Meogonの光学系で左側が前群側となる。後群にある凹メニスカスレンズはBiometarよりもやや厚く、Unilite型よりも薄い
MEOGONにはゼブラ鏡胴の前期モデルとダークブルー色の後期モデルが存在する。両者の光学系はコーティング色の構成と配置まで含め同じにみえる。試しに両者の前群を交換してみたが、撮影には全く支障がなかったことから、やはり前期モデルと後期モデルは光学系が同一なのであろう(2本とも買う必要はなかった・・・)。製品個体に表記されたシリアル番号が4桁しかなく、生産数はあまり多くなかったようだ。レンズの設計構成をみると、Biometar/Xenotar型レンズの特徴である後群の凹メニスカスレンズがBiometarよりもやや厚く、Unilite型よりも薄い。このレンズエレメントの厚みは描写設計と密接に関わっており、薄くしてゆくとトポゴン型レンズの性質が優位になり画角特性(周辺部の画質)が向上、Biometar / Xenotarタイプのように隅々まで均一な画質になる。逆に厚くしてゆくとガウス型レンズの性質が優位に強まり、大口径化が容易になる。Meogonの描写特性はBiometar/XenotarタイプとUniliteタイプの中間的な位置付けにあるようだ。

MEOPTA(メオプタ)社
同社は1933年に旧チェコスロバキアの小都市Prerovにて、地元の工業学校教授Alois Mazurka博士の主導のもと設立されたOptikotechna(オプティコテクナ)社を前身とする光学機器メーカーだ。博士は就労先の工業学校に光学専攻を設けることに尽力し、それがOptikotechna社の設立に繋がった。設立後は引き延ばし機、暗室具、暗室用コンデンサー、プロジェクター装置などの生産を手がけ、1937年には郊外に新工場を建設し事業規模を拡大した。1939年に6x6cm判の二眼レフカメラFlexette(フレクサット)を開発することでカメラ産業へも進出している。しかし、間もなくチェコスロバキアはドイツ帝国による支配をうける。第二次世界大戦が始まり、同社はドイツ軍の要求に応じ軍需品(望遠鏡、距離計、潜望鏡、双眼鏡、ライフル)を製造するようになる。大戦終結の翌年1946年にOptikotechna社はチョコスロバキア共産党政権の下で国営化され、現在のMEOPTAへと改称された。社名の由来はME(機械:mechanical)+OPTA(光学機器:Opical device)である。戦後のMEOPTA社は引き延ばし機の分野で世界最大規模のメーカーに成長し、また中東欧における唯一のシネマプロジェクター製造メーカーとなった。しかし、戦後の東西冷戦体制がMEOPTAを軍需産業メーカーへと変えてしまった。1971年にはワルシャワ条約機構軍への軍需品生産が売上高の75%を占めるまで増大し、同社は正真正銘の兵器開発メーカーになっていた。国営企業が武器を生産し戦争・破壊行為に荷担する事への避難の声が国内外から高まっていた。こうした企業体質を変えようとする動きは冷戦構造の崩壊、1989年のビロード革命による共産党政権の崩壊を経て僅かに前進した。1988年にMeoptaはライフルの減産を発表し、1990年に生産を0%とすることで兵器産業からの脱却を宣言している。ただし、この数値にはライフル照準器や戦車の照準器などが武器としてカウントされておらず、同社は今現在も軍需光学製品を生産しており、軍需産業からの脱却には至っていない。Meopta社は1992年に民営化を果たし、今もチェコを代表する東欧最大級の光学機器メーカーとして企業活動を継続させている。

引き伸ばし用レンズ(エンラージングレンズ)の魅力
引き伸ばし用レンズとはフィルム像を印画紙に焼き付ける行程で用いられる複写用レンズである。描写設計が近接撮影に最適化されているものの、無限遠からの一般撮影にも使用可能で、絞り開放時には残存収差が現れ描写がソフトになる。これを好んで一般撮影(規格外の遠距離撮影)で使用する者もいる。収差が過剰に補正されていることから近接撮影で高解像な画質が得られるのはともかく、一般撮影で数段絞って使用した場合において球面収差の膨らみが全くなくなり、極端に高解像なレンズへと化けるケースもある。収差変動によりメーカーも想定していなかった一芸に秀でた描写力を示すケースである。しかし、単なるダメレンズにしかならない可能性も大いにある。この種のレンズを一般撮影に用いる遊びはコアなマニア達によって細々と続けられてきたが、口に出して魅力を語る人は少なく、どのレンズがどうなのかなど情報は極めて少ない。一流メーカーのレンズが非常に安く手に入るので、エンラージングレンズはレンズ遊びの穴場と言ってよい。

MEOGONをヘリコイドユニットにマウントする
引き伸ばし用レンズはヘリコイド(光学部の繰り出し機構)が省かれており、一眼レフカメラやミラーレス機の交換レンズとして用いるには下の写真のようにヘリコイドユニットに装着する必要がある。多くはマウント部がライカスクリューと同じM39/L39ネジになっており、変換リング(写真・左)を介してM42マウントのフォーカッシングヘリコイド(写真・中央のBORG製OASYS 7842)に搭載することができる。ちなみに、もう少しストロークの長いヘリコイドユニット(OASYS 7841)でも同様の改造にトライしてみたが、内部の天板がレンズの後玉ガード部に当たり無限遠のフォーカスが得られなかった。そこで仕方なくOASYS 7842を用いることになったのだが、マウント部とヘリコイドユニットの間に無駄な隙間(写真・右)ができてしまった。沈胴式みたいな姿でカッコイイと思うのは私だけであろうか?。このレンズを見た某人は、これを「沈胴しない式」と表現していた・・・トホホ。
本品を含め引き延ばし用レンズにはヘリコイドがついていない。一眼レフカメラで使用するために別途フォーカッシングヘリコイド(BORG製OASYS 7842)とM42-M39変換リングを用いてM42マウントに変換している。M42-M39変換リング(写真・左)はeBayにて5ドル程度(送料込み)で入手できる。ちなみに中国製のフォーカッシングヘリコイド(17-31mm)でも問題なく使用可能であった
入手の経緯
ゼブラ柄の前期モデルはポーランド版eBayを介し、2011年12月に個人の出品者から購入した。商品の状態は「非常に良い」と簡素な記述であった。2週間後に届いた品はチリやホコリの混入があったが前群を外して内部をブロアーで吹いたら完全に綺麗になった。ガラスは拭き傷すらない極上の状態で、こりゃラッキー。海外相場は65~90ドル程度とたいへん安く、ヘリコイドユニットと変換リングを合わせても150~170ドルとコストパフォーマンスのたいへん良いレンズだ。ちなみにMeogon 80mm F2.8は後期モデルを目にすることが多く、ゼブラ柄の前期モデルは希少性が高い。
Meogon 80mm F2.8(前期型):重量(実測・ヘッド部のみ) 186g, フィルター径 39mm, 絞り値 F2.8-F22, 構成 4群5枚Biometar/Xenotar型, ヘッド部ネジ M39(ライカL互換), 絞り羽枚数 5枚, 絞り機構 手動(マニュアル),コーティングはアンバー系が中心で一部マゼンダ系

ダークブルー色の後期型モデルは米国版eBayを介しスロバキアのカメラ用品業者(取引件数は何と19128件!!で好評価100%)から2011年11月に落札した。商品の状態はMINT in BOX(箱入りの新品同様品)で「未使用のオールドストック品、カビ、クモリ、傷がなく、絞りリングはスムーズ」とのこと。良くわかる拡大写真を提示しており、後玉についた指紋までクッキリと見えた。ただし、箱は50mm/F2.8のMeogon Sのものであり、元々の箱はロストしているとのこと。最近知ったアンドロイド携帯用のスナイプ入札ソフトで120ドルの最大入札額を設定し放置したとこと、89ドル(送料込の総額106ドル)で落札されていた。私以外にはフランスから1名の入札があり一騎打ちとなった。円高パワーをナメたらあかんでぇ!日本経済ごめんなさい。さすがにこんなレンズを狙うのはXenotar型レンズの愛好者ぐらいであろう。10日後に届いたレンズは僅かにホコリの混入がある程度で十分に良い品であった。こちらの海外相場も前期型とほぼ同じである。認知度が低く、レアであるにも関わらず相場は安い。
Meogon 80mm F2.8(後期型): 重量(実測・ヘッド部のみ) 176g, フィルター径 39mm, 絞り値 F2.8-F22, 構成 4群5枚Biometar/Xenotar型, ヘッド部ネジ M39(ライカL互換), 絞り羽枚数 5枚, 絞り機構 手動(マニュアル), コーティングはアンバー系と一部マゼンダ系の混合



撮影テスト:解像力はBiometarと同等。撮る対象を選ぶ事が肝心
 Biometar/Xenotarタイプのレンズにはガウスタイプのような画面中央部の突出した解像力はないが、そのかわりに四隅まで解像力の落ちない優れた画角特性が備わっている。このレンズはキレるなと人が目で見て感じる作例の多くは被写体をアップで写すような場合であり、このときに効果が表われるのは中央部を重視した1点突出型の解像力ではなく、分散型の解像力なのだ。引き伸ばし用レンズのMeogonにも四隅まで解像力の落ちない優れた画角特性が備わっている。
 Meogonを試写していて真っ先に気がついたのは後ボケが良く整っていることである。グルグルボケなど背景周辺部における像の流れが全くと言っていいほどなく、TessarやSonnarで撮ったのかと見間違えるレベルである。ただし、背景のボケ味は硬く、輪郭部にエッジが立つため、ザワザワと煩くなるケースがあり、撮る対象に注意する必要がある。世間には柔らかいボケを好む人が多いようだが、時には硬いボケも悪いものではない。像の形が崩れないので、上手く利用すれば例えば点光源などに対し、素晴らしい写真効果が得られる。コントラストは高くないため、ややあっさりとした淡泊な色のりとなる。曇天下にコンクリートなど灰色のものを撮ると青っぽく、また人の肌はやや白っぽくみえるなどクールトーン気味の発色である。F2.8の開放絞りでは球面収差の過剰補正が効き、像がややソフトでやわらかい描写になるが、1段絞るF4では周辺部まで解像力とコントラストが著しく向上、モヤモヤとしたものが無くなりスッキリと写るようになる。2段以上に絞った際の画質の向上は中央部・周辺部ともに僅かである。このレンズは一段絞ればほぼピーク性能に達するようで、最もおいしい絞り値はF4となる。開放絞りからF4までは解像力もコントラスト性能もBiometarと比べ全く遜色ない高いレベルに達している。安物なのに大したレンズだ。ただし、絞りを2段閉じた際にもコントラスト性能の更なる向上が見られるBiometarの方が、深く絞る際にメリハリの強い描写となる。
 Meogonは階調表現が鋭く、絞るとかなり硬い描写となる。建造物やモノ撮りには好都合だが、柔らかさが求められる人物撮影には向いていない。Biometarの時には温調な発色特性が硬質感を心理的に和らげてくれたが、Meogonはクールトーンなので、どうしても人が物体のように無機的に写ってしまう。描写特性による向き不向きをよく認識し、撮る対象を選り分ける必要がある。以下に銀塩撮影とデジタル撮影による作例を順に示す。もちろん、無補正・無加工だ。

★★銀塩(フィルム)撮影★★
使用フィルム Kodak ProFoto XL100 / Fujicolor V100
カメラ Pentax MX
minolta角形メタルフード(被せ式)使用
F4 銀塩撮影(FujiColor V100) 一段絞れば充分な解像力が得られる。背景にグルグルボケや放射ボケは全くでない。遠距離撮影で像面湾曲の補正がアンダーになっているのであろう。同類のBiometarやXenotarにはない大きなアドバンテージと言えるだろう。髪の毛のあたりを見てもらうとわかるが硝子のようにバキバキの質感である。階調表現が鋭く硬質感が強いので人を撮るには注意が要る

F5.6 銀塩撮影(Kodak ProFoto XL100) このレンズの長所はやはり四隅まで解像力が落ちないことである
F8 銀塩撮影(Kodak ProFoto XL100) 被写体を平面的に均質に写す際には大きな力を発揮する
F8 銀塩撮影(Kodak ProFoto XL100) 発色は青みがかる傾向が強くクールトーンだ

★★デジタル撮影★★
カメラ Nikon D3 digital
minolta角形メタルフード(被せ式)使用
F5.6 Nikon D3 digital(AWB): フィルム撮影の時にはシャドー部に青みがのるなどクールトーン調の発色であったが、デジタル撮影ではカラーバランスの自動補正が効くためかノーマルな発色となる

F2.8開放 Nikon D3 digital(AWB): このレンズの特徴である硬いボケを利用した作例。しかし予想以上にいい色がでるレンズだ。背景に伸びる枝の描写がとても気に入っている

F5.6 Nikon D3 digital(AWB): 世間には柔らかいボケを好む人が多いようだが硬いボケもそう悪いものではない
F5.6  Nikon D3 digital(AWB): 私は神社での作例作りに苦手意識があり失敗作の山を築き上げていたが、今回のMeogonは想像以上に頼りになるレンズなので、シャッターをガンガンを切ることができた
F5.6 Nikon D3 digital(AWB):周辺部の文字や蜘蛛の糸までクッキリと見える

F2.8  Nikon D3 digital(AWB):  近接撮影の場合は引き伸ばし用レンズの本領が発揮される。開放絞りから高い解像力となり、乾燥した肌の質感や鼻水の跡などがハッキリと写っている。ただし、髪の毛がガラスのような質感でバキバキ。人を撮るには硬すぎる描写だ
F11 Nikon D3 digital(AWB): 参考までに遠景も1枚加えておく。歪みはほぼないようだ。これは高速道路がビルを突き抜けている奇妙な風景だ

絞り値と画質の変化
画像中央部の解像力とコントラストを絞り値ごとに評価した。検査にはフルサイズ機のNIKON D3を用いている。最初の被写体は表面に凹凸のある錆びた金属車輪で、これを晴天時に屋外で撮影している。


ピント部は車輪中央部から上方へと伸びる細長い軸受けの表面である。ライブビューの拡大機能も援用し目でジックリとピントを合わせフォーカスエイドでチェックするという二段階ステップを踏んでいる赤で示した着色部を拡大し、絞り値ごとに並べたのが下の写真である。画像をクリックすると拡大画像が表示されるが、ブログの標準ビュアーが邪魔して写真が十分に拡大されない場合があるので、右クリックから画像をいったんPCに保存してご覧いただくのがよい。
写真をクリックすると拡大画像が表示されます
絞り開放のF2.8では像がややソフトになり階調表現もハイライト方向への伸びが僅かに悪い。1段絞るF4では解像力とコントラストがともに向上し、凹凸部がキッチリと再現されるようになる。ただし、2段以上絞っても画質の向上は僅かである。

Meogon vs Biometar どちらがシャープ?
次はBiometar(M42マウントの銀鏡胴タイプ)との比較によって、Meogonの相対的な画質を評価してみた。の写真はマンションのタイル表面を1m離れた位置から垂直に撮影したものだ。光軸合わせは画像中央部と、その左右端部の3点でフォーカスエイドが同時に点灯するように行っている。こちらのテストでもライブニューでジックリ合わせフォーカスエイドで確認をとる二段階ステップで、精確なピント合わせを行っている。実はここが最も根気の要る作業だ。画質の評価は画像中央部Aの領域と周辺部Bの領域で行った。撮影に用いたカメラはNikon D3である。



上の写真中央部のAの領域を拡大表示し、絞り値ごとに並べたのが下の写真だ。開放絞り(F2.8)では両レンズとも描写が僅かにソフトで細部の結像は甘いが、1段絞るF4では両者とも解像力が急激に向上、溝の中の極小サイズの凹凸までしっかりと再現されている。ただし、2段絞るF5.6では両者ともコントラストが若干高くなる程度で、画質の変化はごく僅かである。画像中央部における両レンズの画質はほぼ互角といってよい。両レンズとも1段絞るだけで画質はほぼピークに達する。
写真をクリックすると拡大画像が表示される
 今度は右端Bの領域を拡大表示し絞り値ごとに並べたのが下の写真だ。さすがに中央部と比べ解像力とコントラストの低下が顕著で、F2.8の開放絞りでは質感が失われモヤモヤとしている。それでも過去に行った他のレンズに対するテスト結果より優位な画質であり、Biometar型レンズの画角特性の良さを実感できる。1段絞るF4では解像力とコントラストが大幅に改善し、溝中の小さな凹凸がしっかりと再現されている。2段絞るF5.6ではBiometarのみコントラストが僅かに向上しメリハリが増している。一方、Meogonの画質に大きな変化はみられない。F5.6以上に絞る際の画像周辺部のコントラスト性能はBiometarの方が僅かに優れているようだ。
写真をクリックすると拡大画像が表示される


MeogonはBiometar並の高画質が得られるコストパフォーマンス抜群のレンズである。おもろいレンズを発掘でき今回は大満足であった。


NEX 5への搭載例


焦点距離105mm以下の常用画角を持つ大口径引き伸ばし用レンズ(口径20mmより大きなもの)
口径が大きい引き伸ばし用レンズはボケが大きく表現力に富むため、写真用レンズとしての転用価値が大きい。引き伸ばし用レンズの中にも稀に大きな口径を持つ製品が存在するので、情報を収集し整理ておく事には一定の価値がある。以下に焦点距離105mm以下の常用画角を持つ大口径(20mmよりも大きな口径)の引き伸ばし用レンズに関する情報を列記してみた。原則的に名の通ったメーカーの製品のみで、メーカー名がはっきりしないものはリストから除外している。レンズの口径(有効口径)を計算するには「焦点距離」を「開放絞り値」で割れば良く、計算方法は以下の通りとなる。

レンズの有効口径(effective aperture) X = 焦点距離(Focal length)開放絞り値(maximum aperture)

たとえばMeogon 80mm F2.8では X = 80mm ÷ F2.8 = 28.5 となる。ボーダーとなるX=20mmは50mmの標準レンズに換算した場合にF2.5の口径を持つレンズに相当する。計算例を挙げると、75mm F3.5ではX=75÷3.5=21.4mmなのでOK、75mm F4.5の場合にはX=16.6mmなのでNGということになる。ボーダーライン(ボーダー上は含めない)は焦点距離50mm F2.5、55mm F2.75、60mm F3、75mm F3.75、80mm F4、90mm F4.5、100mm F5となる。Xの値が大きいレンズほど、ある意味で表現力の豊かなレンズということになる。

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20mmより大きな口径(X>20mm)を持つ焦点距離105mm以下の
引き伸ばし用レンズ(メーカー名不明のレンズは除外)
Enlarging lenses with large effective aparatyure >20mm
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Schneider(Germany)
Componar 75mm f3.5(X=21.4)
Componar-S 105mm F4.5(X=23.3, Inverse tessar type,L39)
Leitz(Germany)
Focomat 9.5cm F4.5(X=21.1)
V-Elmar 100mm f1:4.5(X=22.2)
FujiFilm(JP)
E-Rector/Fujinar-E 75mm F3.5(X=21.4, Tessar-type)
Fujinon-ES 105mm F4.5(X=23.3)
Fujinon-ES 135mm F4.5(X=33.3)
Nikkon(JP)
EL-Nikkor 63mm F2.8(X=22.5)
Angenieux(France)
Type X1 75mm F3.5(X=21.4, L39, tessar type)
Meopta(CK)
Meogon 80mm F2.8(X=28.5,biometar/xenotar type)
Rodenstock(Germany)
Apo Rodagon-N 105mm F4(7 elements in 5 groups, X=26.3)
Aop Rodagon 90mm F4(X=22.5)
Rogonar-S 105mm F4.5(Tessar type)
Ross(UK)
Resolux 9cm f4(X=22.5, Tessar type)
Konishiroku/Konica(JP)
Hexar 75mm F3.5(X=21.4)
E-Hexanon 75mm F3.5(X=21.4)
MMZ(USSR)
INDUSTAR-58 ENLARGER 75mm F3.5(X=21.4, Tessar type)
VEGA 5U 105mm F3.5(X=30, Xenotar type)
Boyer Paris(France)
Topaz 75mm F2.9(X=25.9)
Saphir B 85mm F3.5(Euryplan type X=24.3)
Saphir B 75mm F3.5(Euryplan type X=21.4)
Taylor(JP)
Tayon 75mm F3.5(X=21.4)
minolta(JP)
E.Rokkor 75mm F3.5(X=21.4,L39)
Steinheil(Genmany)
Cassar 73mm F3.5(30mm thread)
Quinon 56mm F1.9(X=29.5) rare
Wollensak(USA)
velostigmat enlarging 89mm F3.5(X=25.4)
velostigmat 85mm F3.5(X=24.3)
Schacht(Germany)
Travegar 75mm F3.5(X=21.4,L39)
Dallmeyer(UK)
100mm F4.5(X=22.2)
Kodak(USA or Germany)
Color Printing Ektar/Enlarging Ektar
87mm F4.5, 93mm F4.5, 96mm F4.5, 100mm F4.5, 103mm F4.5
Beseler(USA/OEM product made in Wetzlar Germany)
Beslon 100mm F4.5(X=22.2)
Beseler 75mm f3.5(X=21.4)
Omega(USA/OEM)
EL-OMEGAR 75mm F3.5(X=21.4)
VOSS 75mm F3.5(X=21.4, L39,Triplet)
LPL(JP)
75mm F3.5(X=21.4, L39)
Nitto kogaku(JP)
Kominar-E 75mm F3.5(X=21.4)

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●メーカー不明のため除外(参考) Unknown Co.
E-OCEAN 75mm f3.5 (X=21.4,L39, made in Japan)
URTRASHARP 75mm F3.5(X=21.4,made in Japan)
Firstcall 75mm f3.5(X=21.4,4 elements)
Arista 75mm f3.5 (X=21.4, L39)
Hansa 75mm F3.5 (X=21.4,made in Japan)
TAYLOR TAYON 105mm F4.5(X=23.3)
SEAGULL 75mm F3.5(X=21.4,L39)
Soligor 75mm F3.5(X=21.4, made in Japan)
Vivitar 75mm F3.5(X=21.4,L39,made in Japan)
King 75mm F3.5(X=21.4, made in Japan)
SPECIAL ENLARGING ANASTIGMAT 75mm F3.5(X=21.4)

他にも大口径の引き伸ばし用レンズをご存じでしたら、掲示板等でお知らせいただければ幸いです。

2011/12/12

Carl Zeiss Jena BIOMETAR 80mm F2.8, M42/P6(Pentacon-six) mount


四隅までシャキッと写る驚異の5枚玉
PART 1: Biometar(ビオメタール/ビオメター)
 前群にガウス、後群にトポゴンのレンズ構成を配し、奇跡的にも両レンズの長所を引き出すことに成功した優良混血児のことをBiometar/ Xenotar型レンズと呼ぶ。この型のレンズ設計は戦前からCarl Zeissによる特許が存在していたが、製品化され広く知られるようになったのは戦後になってからである。他のレンズ構成では得がたい優れた性能を示したことから1950年頃より一気に流行りだし、東西ドイツをはじめとする各国の光学機器メーカーがこぞって同型製品を開発した。この種のレンズに備わった優れた画角特性(広角部の画質)と解像力の高さは、後に圧倒的な性能によって日本の主要な光学関係者達を震撼させた銘玉Xenotar (クセノタール)の存在からも明らかで、開放時に中央部で180Line/mm以上、周辺部でさえ50Line/mmを超える高い解像力は当時のダブルガウス型レンズの倍以上の性能を誇り、テッサーも遠く及ばないと讃えらた程である。良好なコントラスト性能や広角から望遠まであらゆる画角設計に対応する万能性、マクロ撮影への適性など数多くの長所が評価され、テッサータイプ、ゾナータイプ、ダブルガウスタイプといった優れた先輩達が乱立する中において一定の地位を築くまでに至っている。本ブログでは数回にわたりBiometar /Xenotar型レンズを特集してゆく。
左からガウス型レンズ(Biotar) / Biometar / トポゴン型 (Topogon)の光学エレメント

初回は旧東ドイツ人民公社Carl Zeiss Jenaが1950年から1981年まで生産していたBiometarである。ドイツ語ではビオメタール、英語ではビオメターと読む。このブランドは同社が中口径レンズの主力製品として力を入れ、広角の35㎜、中望遠の80mm、望遠の120mmと3種のモデルを生産した。中でも焦点距離80mmのBiometarは中判撮影の常用レンズとして最も多く生産され、30年以上にもわたるロングセラーを記録している。レンズを設計したのは1946年にフォクトレンダー社から移籍してきたHarry Zöllner(ハリー・ツェルナー)博士(1912-2008)である[Patent US2968221]。Zöllner博士はフォクトレンダー時代にSkoparを設計した人物で、Zeiss Jenaへの移籍後もFlektogonシリーズやPancloarシリーズなど人気ブランドを手掛け、戦後の東独ツァイス・イエーナを支えた名設計者の一人である。1965年に退職し、2008年にJenaで死去。長寿を全うしている。
左からBiometar 80mmF2.8 / Xenotar 80mmF2.8 / Unilite 50mm F2の光学系。後群の凹型メニスカスレンズ(赤で着色したエレメント)の厚みにレンズの設計理念が表れている

Bimoetar/Xenotarタイプの設計理念
後群に配置された凹型レンズの厚みを調整することで、Gauss型レンズの性質とTopogon型レンズの性質の比重をコントロールすることができる。凹レンズの厚みを増せば、Gaussレンズの特徴が優位に強まり画像中央部の解像力と色収差の補正効果が向上、大口径化が容易に実現できるようになる。このタイプのレンズの典型には英国Wray(レイ)社が1944年に発売したUnilite(ユニライト)というブランドがあり、F2を切る比較的大きな口径を実現していた。逆に厚みを減らせばTopogonレンズの特徴が優位に強まり、非点収差と歪曲収差の補正効果を高めることができる。口径比はやや控えめになるが画角特性(周辺部の解像力)が改善するため、広角レンズや引き伸ばし用レンズ、高い均質性を実現したレンズの設計が容易になる。Carl Zeiss JenaのBiometarやSchneider社のXenotarはこの種のレンズ設計の代表格である。Unilite型をBiometar/ Xenotar型と一括りで同一視している文献もあるが、画角特性よりも大口径化に比重を置いたUnilite型レンズの設計理念は全く異質であり、両者は似て非なるものである(「レンズ設計のすべて」辻定彦著参照)。

プロトタイプの登場から製品化まで
Biometarは1950年から1981年にかけて31年間も生産されたロングセラーである。東独ZEISSの生産台帳によると、1949年から様々なマウント規格を持つプロトタイプ(試作品)が造られている。その第一号は1949年8月で、生産本数は3本。焦点距離は80mm、開放絞り値はF2.8であった。また、次の年の1950年2月にはプロトタイプモデルの第2号が90mm F2.8の仕様で6本登場している。焦点距離が僅か10mm違うだけの2種のレンズがなぜ試作されたのか、真相は明らかではないものの、夏の間に80mmと90mmの両製品の比較検討が行われ、最終的には80mm F2.8が製品化されることになった。このモデルは1950年秋に登場し、まずはRolleiflex用に6x6cmのミディアムフォーマットをカバーする製品が供給された。1952年には光学系を一回り小さくした35mmフォーマットのM42マウント用とExaktaマウント用が登場している。これと平行し東独Zeissは1950年1月から焦点距離35mmのBiometar 2.8/35(35mmフォーマット)を発売している。この広角Biometarはプロトタイプによる性能テストもなしにいきなり登場しているが、実は東西両Zeissが共同開発した戦後型Contax IIa/IIIaにおいて、戦前のBiogon 3.5cmF2.8が使えない緊急事態に対応するための製品であった。しかし、直ぐに西独ZEISSが戦後型ビオゴン35mm F2.8を登場させたことによって需要が低下し、僅か1614本を製造したところで生産中止となっている。一方、東独Zeissはこれに代わる広角Biometarの後継製品をすでに用意していた。Biometarをレトロフォーカス化し一眼レフカメラに適合させた新型広角レンズを開発し、Flektogon (フレクトゴン)の名で1952年にデビューさせている。
1952年に登場したFlektogon 2.8/35および2.8/65の光学系。設計したのはHarry Zöllner(ハリー・ツェルナー)とRudolf Sorisshi(ルドルフ・ソリッシ)。後群側(黄色)は紛れもなくBiometar型レンズである。これに最前群(赤色)のレンズエレメントが追加され、一眼レフカメラに適合するようレトロフォーカス化されている。周辺部まで切れ味のよい高解像な描写力を示し、マクロ撮影並の高い近接撮影能力を実現しているなど非常に性能が良く、一眼レフカメラのブームとともに人気を博した。Biometarの優れた描写特性を最大限に生かす製品コンセプトを考えると、接写に強い広角レンズに至るのは、ごく自然なことなのであろう
 1951年から1952年にはBiometarを大口径化する計画が持ち上がったようで、F2の口径比を持つプロトタイプ5種(50mm, 58mm, 50mm, 80mm, 120mm)が試験的に製造されている。しかし、この口径比では十分な性能が得られなかったのか製品化には至っていない。1954年から1958年にかけて、今度はF2.8よりも口径比を控えめに抑えたF3.5とF4のプロトタイプ(3.5/80, 3.5/105, 4/80, 4/85)が試験的に造られている。これらは引き伸ばし用レンズとしての可能性を模索するものか、あるいは同じ時期にライバル製品(XenotarやPlanar)が口径比をF3.5に抑えた廉価品を出してきたことに対抗する動きであったと思われる。しかし、いずれも製品化されることはなかった。続く1956年からは口径比F2.8の製品ラインナップを拡充する計画が持ち上がり、4種類の焦点距離を持つプロトタイプモデル(40mm, 50mm, 105mm, 120mm)が試作されている。このうちの焦点距離120mmを持つ望遠モデルは1958年から製品化されている。1962年にも焦点距離を拡充させる案が持ち上がり、標準画角を持つ55mm F2.8の製品と中望遠の77mm F2.8の製品の2種のプロトタイプモデルが試作されている。しかし、同時期に登場しているPANCOLARの性能が良かったためであろう。こちらも製品化には至っていない。後者の77mmのモデルが80mmの現行品に対してどのような位置づけで試作されたのか、さっぱり想像できない。ツエルナー博士がZeissを退職した1965年以降、試作品の開発は行われていない。

モデルチェンジと製品概要
初期(1950-1958年)のBiometarはアルミ製の鏡銅であり、焦点距離80mmと35mmの2種が存在した。1958年からは新たに焦点距離120mmのタイプが加わりデザインも変更、ローレット部に合革の装飾が施されたアルミ鏡銅と黒鏡銅の2種のバリエーションが用意された。1962年になるとローレット部に突起のある奇妙なデザインのモデルが登場するが、不評だったのか数年でデザインが変更され、1965年頃からゼブラ柄の鏡銅に変わっている。ここまでの製品は全てシングルコーティング仕様の製品であるが、1970年代前半からはガラス面にマルチコーティング処理が施された黒鏡銅モデルにモデルチェンジしている。レンズの生産は1981年まで続けられた。以下にBiometarのバリエーション、デザイン、外観の特徴等を大まかな年代ごとに列記しておく。

生産期間 デザイン 設計仕様 マウント スタンプマークなど
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1950-1958頃 アルミ鏡胴  2.8/80  M42/Exakta用 T 1Q
1950-1959年 アルミ鏡胴 2.8/35 CONTAX IIa/IIIa用 T-coating 1959年製造終了
1958-1962年 ローレット部が革デザイン(アルミ/黒鏡胴)2.8/80,2.8/120 P6/Exakta/M42, 1Q
1962-1964頃 ローレット部が突起状のデザイン(黒鏡胴) 2.8/80, 2.8/120, P6/Exakta/M42
1965-1970頃 ゼブラ鏡胴 2.8/80, 2.8/120, P6/Exakta/M42, 輸出用はaus Jena銘, 1Q
1970年代前期から中期 黒鏡胴 2.8/80,2.8/120,  MC(赤字), P6/M42
1970年代中期から1981年 黒鏡胴 2.8/80,2.8/120, MC(白字), P6/M42

数は少ないがRolleiflex用、Praktina用、Bronica用(Zenzanon銘)のBiometarも生産されている。なお、後期型の黒鏡銅モデルではP6マウント用とM42マウント用の光学系を同じものにすることで生産ラインの合理化を図っている。M42マウントの黒鏡銅モデルはP6マウントの上からZeiss純正のマウントアダプターが被さっているだけである。

入手の経緯
M42マウントのアルミ鏡胴モデル(Biometar-M42-silverと略記)は2011年8月にeBayを介してドイツ・フランクフルトの中古カメラ業者「カメラジェントルマン」から195ユーロ(21500円)+送料の即決価格で落札購入した。この業者は取引件数5621件でポジティブ・フィードバック99.8%とかなり優秀。鮮明な写真を大量に提示し、商品解説がしっかりしていた。商品の状態に対しショップ独自のランクがつけられており、駆動系が最高ランク、光学系も最高ランク、外観は中と控えめだが写真を見る限りでは良い状態であった。前後のキャップがつくとのこと。ジェントルマンという名を信じて購入に踏み切った。同品の海外eBay相場は250-300ドル前後。ヤフオクでは30000-35000円程度であろう。届いた品は極僅かにホコリの混入があったが、ガラス面には拭き傷のない大変良好な状態であった。

Biometar 80mm F2.8(M42マウント アルミ鏡胴モデル(35mmフォーマット)。本ブログではこれ以降、Biometar-M42-silverと呼ぶことにする: フィルター径 49mm, 重量(実測) 254g, 絞り値 F2.8-F16, 絞り羽は12枚構成, 絞り機構はプリセット,最短撮影距離は0.8m, 鏡胴素材はアルミ合金, コーティングは単層(シングルコーティングでアンバー色と紫色の複合)


続くP6マウントのアルミ鏡胴モデル(Biometar-P6-silverと略記)はeBayを介し欧州最大の中古カメラ業者フォトホビーから2011年10月に購入した。商品ははじめ160ドル+送料45ドルの即決価格で売り出されていたが、値切り交渉を受け付けていたので130ドルでどうだと提案したところ私のものになった。オークションでの商品の記述は「ガラスに傷、カビ、クモリはない。外観は写真で判断するように」と、いつものように簡素であった。しかし、届いた品にはガラスに傷があり、樹状の小さなカビもあったので、仕方なく返品した。カビは撮影に影響のないレベルであったが、成長すると他のレンズに伝染するので隔離保管するしかない。EMSによる返送代金は自己負担という取引規定なので、いくら相手に責任があるとはいえ仕方がない。その代わりに7日以内に返品するという取引規定を最大限活用し少し試写させてもらった(レンタル使用料のつもり)。フォトホビーからは済まないと謝罪の連絡があり、次回買うときには送料をタダにしてくれるとの嬉しい知らせをいただいた。ありがたい。ただし返金はいつものように遅く、商品が相手のオフィスに届いてから2週間も待たされた(フォトホビーはいつも返金が遅いのだが確実に返してくれるので、eBayの問題解決センターに経過報告だけはしっかり残して気長に待つべし)。


Biometar 80mm F2.8 (P6マウント アルミ鏡胴モデル)。本ブログではBiometar-P6-silverと呼ぶことにする。右はP6-M42マウントアダプター(Zeiss純正): フィルター径 58mm, 絞り値 F2.8-F22, 絞り羽枚数 8枚, 絞り機構は自動絞り,  最短撮影距離 1m, 鏡胴素材はアルミ合金, コーティングは単層(シングルコーティング)で表面がマゼンダ色、内部に一部アンバー色が入っている





MC Biometar 80mm F2.8(P6マウント 黒鏡胴モデル)。本ブログではMC Biometar-P6-blackと呼ぶことにする。右はZeissの純正P6-M42マウントアダプター。このアダプターはさすがに純正品というだけのことはあり、頑丈にできており精度もよさそうだ: フィルター径 58mm, 重量282g, 絞り羽は8枚構成, 絞り値 F2.8-F22, 絞り機構は自動絞り, 最短撮影距離 1m,絞り羽枚数 8枚, ガラス面にはマルチコーティングが蒸着されている

 最後の3本目は珍しいM42マウントの黒鏡胴モデル(Biometar-P6-Black)である。M42マウントとは言っても、光学系はP6マウント版と同じで、これにZeissの純正P6-M42アダプターがついてM42マウントになっているだけである。後期型のモデルはこの方法で製造ラインが一本化されているようだ。こちらはポーランドのフォトホビーからeBayを介して2011年3月に購入した。商品は235ドル+送料40ドルで売り出されていたが、205ドルでどうかと値切り交渉し手に入れた。送料が高いので交渉は欠かせない。オークションの記述は毎度おなじみで「ガラスに傷、カビ、クモリはない。外観は写真で判断するように」とのこと。届いた品は綺麗な光学系であった。フォトホビーはレアな商品を多数出品する魅力的なセラーだが、商品解説が怪しく、先のシルバーモデルのようなことがよくあるので、写真をよくみて慎重に判断する必要がある。この製品のヤフオク相場は20000-25000円程度であろう。

撮影テスト
どんなレンズだって開放絞りで撮影し周辺画質を覗き込めば、解像力やコントラストは中央部よりも明らかに低く、程度の差こそあれ歪曲収差やコマが目に付く。画質の低下が中央部よりも顕著なのはレンズの設計理論からすれば当然のことだ。しかし、トポゴンの血を引くBiometarには優れた画角特性が備わっており、メインの被写体を四隅に置いたとしても不安感は全くない。Biometarの大きな特徴はピント面の均一性が非常に高いことなのである。インターネット上にはBiometarやXenotarで撮影した作例が数多く公開されている。その中には妙な迫力を感じるものが少なくない。その多くに共通する構図はメインの被写体をアップで撮るというものであり、ハッとするほどシャープな被写体が四隅まで画角いっぱいの大きさで広がり、背景のボケが生み出す立体感とともに、言葉にはできない圧倒的な迫力が生み出されているのである。こうした作例を生み出せるカメラマンは、才能は勿論のことだが、この種のレンズの性質をよく理解した上で使用しているに違いない。
Biometarの描写設計は球面収差をわざと残存させるオーバーコレクション(過剰補正)タイプである。この補正テクニックは球面収差の膨らみを小さく抑え、その代償として開放絞りで球面収差をやや多く残存させるというものである。絞りを1-2段閉じるところで解像力を最高に高めることができるが、その反動として開放絞りにおける像がやや甘くなる。Zeissの描写設計が一流と褒め称えられるのは、開放絞りにおいても解像力の低下を感じさせない絶妙なセッティングができるところにある。Biometarの描写にもその高度な技術は生きており、鋭い階調変化による見た目の解像感が柔らかさの中に芯を生み、像の甘さを全く感じさせない。開放絞りから一段閉じるF4では解像力が大幅に向上し、コントラストも向上。スッキリとして締まりのある像となる。2段閉じるF5.6ではコントラストが更に向上し、解像力も周辺部が顕著に改善する。総合的なシャープネスは非常に高いレベルに達する。被写体を細部まで緻密に描き、階調変化の鋭いシャキッとした描写になる。ただし、シャドー部がカリカリに焦げ付いてしまうことはなく、階調はなだらかさを維持しながら丁寧に変化している。被写体を中央部に置く構図ならばF4、隅々までシャープに写したい構図ならばF5.6が最もおいしい絞り値といえるだろう。発色はモノコート時代の前期型の方が温調で黄色が強く、ガラスにMC(マルチコーティング)が施された後期型では青みがやや増しクールトーン気味になっている。どちらも色のりがよく素晴らしい発色である。グルグルボケは非常に弱いながらも開放絞りで僅かに出る。しかし、ガウス型レンズのように顕著なレベルではなく、これによってボケが大きく乱れることはない。
万能なBiometarにも欠点はある。一般に球面収差の過剰補正はボケ味が硬くなるという副作用を引き起こす。絞り開放ではアウトフォーカス部の像の輪郭にエッジが残り、場合によっては滑らかさを欠いた煩いボケになる。Biometarもその例外ではない。また、細かいことをいえば、最近の高性能なデジタルカメラで用いた場合に色収差(軸上色収差)を拾い、被写体の輪郭部がハッキリと色づくことがある。拡大表示さえしなければ気になることはないだろう。以下にフィルム撮影とデジタル撮影による作例(無修正・無加工)を示す。


★★銀塩(フィルム)撮影★★
使用機材 Pentax MZ-3 + 焦点距離70mmメタルレンズフード
フィルム Kodak Pro Foto XL100 / Fujicolor V100
F8 Biometar-M42-silver, 銀塩撮影(Fujicolor V100): 前期モデルは発色が温調なのが特徴だ。オールドツァイスの典型的な発色が得られている


F8 MC Biometar-P6-black, 銀塩撮影(Kodak ProFoto XL 100): 後期型はガラス面にマルチコーティングが施されており逆光耐性が高いため、こういった作例においても力を発揮する。ただし、暗部はストンと黒潰れを起こしてしまう






★★デジタル撮影★★
使用機材 Nikon D3 digital(AWB) + 焦点距離70mm用メタルフード
F5.6; MC Biometar-P6-Black on Nikon D3 digital(AWB):  隅々までこれだけキッチリと写るのだから大したものだ。開放絞りにおける比較画像をこちらに掲示するが、細部がややソフトで柔らかい描写になっている
F8 Biometar-M42-silver on Nikon D3 digital: このBiometarは最短撮影距離こそ0.8mだが、本来は近接撮影に強いレンズである。接写でもシャキッという切れ味は衰えない



F8 Biometar-M42-silver on Nikon D3 digital: モノコート版のBiometarは撮影条件が悪いとコントラストが低下しやや淡い色になる。この作例でも紅葉の葉がやや淡くなっているが、この性質は悪いことばかりではない。暗部が持ち上がり木の幹の黒潰れが回避されている
F4; Biometar-P6-silver on Nikon D3 digital(AWB): こちらもモノコート版のBiometar。階調表現は丁寧で暗部にも粘りがある。逆光でも黒潰れは回避されている




F5.6  MC Biometar-P6-black on Nikon D3 digital(AWB); F5.6でコントラストが最高潮に達し解像力も周辺部まで非常に高いレベルに達する。ここまでカッチリと写ればメインの被写体が四隅にいても不安はない
F2.8 MC Biometar-P6-black on Nikon D3 digital(AWB):  このレンズの短所はボケ癖の悪さである。上の作例のように絞り開放ではボケが硬く、像の輪郭にエッジが残る
F2.8 MC Biometar-P6-black on Nikon D3 digital(AWB): こちらも滑らかさを欠いた煩いボケだ。極僅かではあるがグルグルボケが出ることもある

最適な画質を得るための絞り値
画像中央部Aと周辺部Bにおいて充分な画質を得るために必要な絞り値を評価した。撮影対象はマンションの壁面で、1.5m離れた位置から面に対して垂直に撮影している。光軸合わせは画像中央部と、その左右端部の3点で同時にフォーカスエイドが点灯するように行っている。なるべく領域Aと領域Bの差がハッキリ出て欲しいので、検査にはイメージサークルの小さいM42マウントのBiometar-M42-Silverを使い、フルサイズ機のNIKON D3で撮影している。


上の写真のAの領域(中央部)とBの領域(周辺部)を拡大表示し、絞り値ごとに並べたのが下の写真だ。画像をクリックすると拡大表示される。ブログの標準ビュアーが邪魔して写真が十分に拡大されない場合があるので、右クリックから画像をいったんPCに保存してご覧いただくのがよい。

この手の画質評価は本ブログでも過去に何度か行っており、毎度お馴染みのものだ。今回のBiometarに関しては予想どうりに、周辺部Bの画質が非常に良い結果となった。
中央部Aは開放絞りで細部の結像が甘いが、コントラストは良いため解像感は良好に保たれている。1段絞るF4では解像力が大幅に改善し細かい凹凸までしっかり解像している。ただし、F5.6まで絞っても中央での解像力の向上は僅かなので、メインの被写体を中央部に置くならF4まで絞れば十分であろう。周辺部Bは開放絞りで像がモヤッとし、コントラストと解像力の低下がみられる。ただし、コマ等による像の流れはみられず歪みも検出できない。過去に行った他のレンズに対する同様のテストの結果と比べ、画質は高いレベルで安定している。1段絞るF4ではコントラストと解像力が急激に改善する。F5.6まで絞ると更に画質は向上し、このあたりで、ほぼ最良の画質になる。メインの被写体を写すのに画像周辺部を用いる場合には、F5.6まで絞るのがよいであろう。

今回入手した3本のBIOMETARのうち最もシャープな像が得られたのは不思議なことにP6マウント版の2本ではなく、35mmフォーマットの銀鏡胴(M42マウント)初期型であった。マルチコーティングのP6用がコントラストがよいものと思い込んでいたので、予想外の結果におどろいた。おそらく、P6レンズのイメージフォーマットにカメラが適合していないからで、アダプターの内側で反射がおこり、これがコントラストを下げているものと考えられる。

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BIOMETAR/XENOTAR型レンズは世の中にどれほど存在するのだろうか。私が掴んでいる情報を以下に列記しておく。他にも多数あるのだろうけれど、できることならば全て知りたい。

Biometar/Xenotar type lens list
●旧東ドイツ製
Carl Zeiss(Jena)
Biometar 2.8/35
Biometar 2.8/80
Biometar 2.8/120
●旧西ドイツ製
SCHNEIDER
xenotar 2.8/210, 2.8/150, 2.8/105(LINHOF), 2.8/100, 2.8/80
xenotar 3.5/135, 3.5/75
xenotar 4/100
Tele-Arton 4/85, 4/90(DKL)
Tele-Arton 5.5/180, 5.5/240, 5.5/270, 5.5/360
Componon-S 50mm F2.8(前期型金属鏡胴; 後期型プラ鏡胴はオルソメタール型)
Carl Zeiss(Oberkochen)
Planar 3.5/100(Hasselblad)
Planar 1.8/50(Rollei SL35) 1st model
Leitz
Elmarit-R 2.8/90 (1st version)
Focotar 50mm f4.5の後期型
●ロシア製
KMZ
Vega-3(Zenit-4/5/6)
MMZ/Belomo/AOMZ
Vega-5U 4/105(Enlarging,M42, end of 1960-)
Vega-5U 4/75(Enlarging,M42, end of 1960-)
ARSENAL
Vega-12B 2.8/90(P6/Kiev 60)
MC Vega-28B 120/2.8(P6/Kiev 60)
●チェコスロバキア製
MEOPTA社
Meogon 2.8/80
●日本製
NIKON
Auto Nikkor-P 2.5/105
Micro Nikkor C 3.5/50
Micro-Nikkor 3.5/5cm(Nikon S)
Micro Nikkor 3.5/55
Micro Nikkor 5/70
Macro Nikkor 4.5/65
Nikkor 2.8/75(Bronica)
KOWA
Six 2.8/85
OLYMPUS
Zuiko Digital 2.8/25 前後逆転型
Zuiko Macro 3.5S  3.5/50
Zuiko Auto-Makro 4.5/135(Bellows Macro lens)
MAMIYA
Macro-Sekor 2.8/60(TOMIOKA OEM)Rikenon 60/Yashinon 60と同一
Fujifilm
EBC X-Fujinon 55mm F1.6
RICOH
Rikenon 2.8/60(TOMIOKA OEM)
YASHICA
Yashinon 2.8/60(TOMIOKA OEM)
Yashinon 2.8/45
Yashikor 2.8/50(Leica-L) Yashinon 2.8/45と恐らく同一の光学系
COSINA
Cosinon 2.8/35(CX-2)
KOMINE
Elicar(Vivitar) 2.8/55
Meyer
Orestegor 4/200
FUJIFILM
Fujinon L 2.8/50
Fujinon 2.8/45(Fujica 35M用)
PENTAX
Macro(FA) 3.5/100
SANKYO
W-Komura 3.5/35
Komura 100/2.8(Bronica S)
CANON
Canon 2.2/50(向井二郎氏設計)
Canon 1.8/85(Leica L/ Canon FX/ Canonflex)
TOPCON
Macro-Topcor 3.5/58
メーカー名?
Panagor 3/55

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●変形Biometar/Xenotarタイプ
(Modified Biometar/Xenotar type)
Carl Zeiss(Oberkochen)
Planar 2.8/80, 3.5/75
Planar T* /135(1975? Early model for Contax, 5 elements/5 groups)
Carl Zeiss(Yashica-Contax)
Planar 2/135 (5 elements in 5 groups)
Planar 2.8/100 (Linhof, Inverse Unilite type, 4E in 5G)
Voigtlander
Dynarex 3.4/90(5 elements in 4 groups)
Dynaron 4.5/100(5E in 4G)
Ultragon 5.5/115(変形逆Biometar/Xenotar型)
NIKON
Nikon AiS Nikkor 2/85(5-elements in 5-groups)
AiS Nikkor 1.8/105(5-elements in 5-groups)
MICRO Nikkor 5.6/150(6 elements in 4 groups)
W-NIKKOR 1.8/35(Leica-L)
Ai Nikkor 4/200(5-elements in 5 groups)
Leitz
Apo-Summicron 2/90(5-elements in 5 groups)
PENTAX
SMC PENTAX A 50mmF2(5群5枚)
SMC PENTAX M 50mmF2(5群5枚)
KONICA
HEXANON 2/35(Leica-L)
HEXANON 3.5/200(KONICA F)
UC-HEXANON 35/2(Leica-L)
Avenon MC 28/3.5 Leica-L(6 elements in 4 groups;4群目ダブレット;KOMURA系統)
GOI
VEGA-1 2.8/52(4群5枚, 2+1+1+1,プロトタイプ, Leica-L)
KMZ
VEGA-1 2.8/50(4群5枚, 2+1+1+1,Zenit-M39、プロトタイプ)
ARSENAL
MC VEGA-28 2.8/120(5群6枚)
LZOS/MMZ/AOMZ
Vega-11U/11UR/11U2 2.8/50(Enlarging, 4群5枚、恐らくVEGA-1と同一設計, 1968-)
Agfa
Color-Terinea 4/135(5-elements in 5 groups)
Meyer
Domigor  4/135(5-elements in 5 groups)
Canon
Canon FD 2.5/135(5-elements in 5 groups)
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●Uniliteタイプ
Wray
Unilite 2/50
Cine-Unilite 2/35
Cine-Unilite 1.9/25, 1.9/50, 1.9/150
Leitz
Colorplan 2.5/90
Canon
Canon 1.8/85(Unilite?; Leica-L; 向井二郎氏設計)

以上、皆様のご協力で拡大増殖中です!(上記リストの参照と利用は自己責任でお願いします)

他にもご存じのレンズがありましたら、掲示板等でご教示いただければ幸いです。参考にさせていただきチャンスがあれば5枚玉特集に編入したいと思います。

♥謝辞 acknowledgment ♥
情報提供に感謝いたします。
JYさん、マイヨジョンヌさん、Mr Keyser Soze、lensmaniaさん