おしらせ


2015/09/05

Pentax smc PENTAX soft 85mm F2.2 (PK)









被写体の前方にバブルを生み出す
大口径ソフトフォーカスレンズ
PENTAX  smc Pentax Soft 85mm F2.2 
オールドレンズの分野ではちょっとしたブームになっているバブルボケであるが、これを被写体の背後ではなく前方に出す方法を考えはじめた。バブルボケとは収差を過剰(プラス)に補正したレンズに共通してみられるシャボン玉の泡沫のようなボケである。ちょうど大小さまざまなコンドームが折りたたまれた状態のまま、空間内を集団浮遊している状況を思い浮かべてもらえると理解しやすい。今回はこれを被写体の後方ではなく前方側に発生させたいのである。理論上は収差を逆方向にマイナス補正(補正不足に)したレンズを用いればよく、ソフトフォーカスレンズが最適である。また、ボケ量がある程度大きなレンズであることも重要である。あまり耳にしたことはないが、大口径ソフトフォーカスレンズを使えばよい。はたして、そんなレンズは実在するのであろうか・・・。探しはじめると間もなく見つかった。smc Pentax Softである。
このレンズはPENTAX(現RICOH IMAGING)が1986年から1990年にかけて4年間だけ生産した焦点距離85mmのポートレートレンズで、口径比はこのカテゴリーとしては異例のF2.2とたいへん明るいのが特徴である。構成は下図に示すような1群2枚の色消しダブレットで、望み通りに球面収差がマイナス側(補正不足側)に大きく倒れる設計である[文献1]。この種のマイナス補正型のレンズは被写体の背後でフレア(ハロ)を纏う柔らかい良質なボケが得られるため、ソフトフォーカスレンズには好んで用いられている。ただし、これとは反対に被写体の前方側のボケは硬く、ざわざわと煩いボケになったり2線ボケが出ることも想定できる。今回期待しているのは、まさにこういう性質なのである。さて、バブルボケは本当にでるのであろうか。確証のないままレンズの入手に踏み切ることになった。

参考文献
文献1: 「レンズ設計のすべて」辻定彦著
smc PENTAX SOFT 85mm F2.2の構成図トレーススケッチ(見取り図)。構成は1群2枚の色消しダブレットで左が被写体の側、右がカメラの側である
入手の経緯
本レンズは2014年12月にヤフオクを介して大黒屋・久里浜店から落札購入した。商品の解説は「使用に伴う汚れや傷があるが目立つ傷はない。レンズ内部にはわずかなチリがある。中古品の為、格安スタートにしている。ノンクレーム・ノンリターンでお願い」とのことで前後のキャップが付属していた。開始価格10000円でスタートし3人が入札、返品不可なのでリスクも考え13500円に設定したところ11500円+送料1000円で私のものとなった。届いたレンズは外観にこそ僅かな傷がみられたが、ガラスにはホコリやチリなど全くみられず、素晴らしい状態であった。
重量(公式) 235g, フィルター径 49mm, 絞り羽 6枚, 絞り F2.2-F5.6, 最短撮影距離 0.57m, 製造期間 1986-1990年, レンズ構成 1群2枚, マルチコーティング(smc), Pentax Kマウント
撮影テスト
結論から言えば被写体の前方にハッキリとしたバブルボケが出ることが確認できた。使い方次第ではかなり面白い写真になるだろう。
ソフトフォーカスレンズは収差を意図的に残存させ、コマやハロなど収差に由来する滲みやフレアを積極的に利用することで柔らかい描写を実現している。本レンズも含め収差の残存方法は球面収差をマイナス側(補正不足側)に倒すのが一般的で、この場合は背後のボケがフレアに包まれるとともに大きく柔らかい拡散になるなど美しいボケ味となる。反対に前ボケは像が硬くなりシャボン玉の泡沫のような美しいバブルボケが発生する。絞れば徐々にフレアは収まりヌケもよくなる。最も深く絞ったF5.6では中心解像力も悪くない水準に達している。
少し絞っている, Sony A7(AWB): いきなり出ましたバブルボケ。背後のボケは前方のボケよりも柔らかく拡散している
F2.8近辺まで僅かに絞っている, Sony A7(AWB): 圧縮効果を利用すれば、このとおり大小不揃いのバブルボケも出せる



F2.2(開放), Sony A7(AWB): クラゲちゃん大集合!。コマ収差も大量に発生しており四隅でボケ玉がクラゲ状に変形している様子がわかる

F2.2(開放), Sony A7(AWB):楽しい!このレンズは遊べる
F4.5, Sony A7(AWB):深く絞めば中央には解像力がありヌケも良い







F2.2(開放),Sony A7(AWB): 絞りを全開にしフレアを最大にすると、こうなる





F3.5, Sony A7(AWB, ISO5000): フレアは多ければいいというものではない・・・みたい

2015/09/04

Nikon AI Nikkor 85mm F1.4S (Nikon F)





ゾナーとガウスの混血児
Nikon AI Nikkor 85mm F1.4S
AI Nikkor 85mm F1.4Sは前群にゾナー、後群にガウスの構成を配したハイブリット(折衷)タイプのレンズである。この種のレンズ構成として早期のものには1938年に特許が出願された東京光学の富田良次(Ryoji Tomita)氏設計によるSimlar(シムラー) 5cm F1.5(製品化は1950年)や、1942年に特許が出願されたDallmeyer(ダルマイヤー)社Bertram Langton (B.ラントン)氏の設計によるSeptac(ゼプタック) 50mm F1.5などがある[文献1,2]。また、1952年に登場したCanonのSerenar(セレナー) 85mm F1.5も同じタイプのレンズ構成である。レンズ設計者達の中には大らかで穏やかな描写傾向のゾナーと神経質なガウスを配合することで、両者の長所を受け継ぐ混血レンズを生み出そうという考えがあったのかもしれない。一方、富田良次氏が1938年に出願した特許資料[文献1]には非点収差と像面湾曲を良好に補正できるレンズとの記載がみられることから、折衷というアプローチではなくガウスタイプからの発展形態としていた意図が感じ取れる。ガウスタイプの第2群をダブレット(2枚玉)からトリプレット(3枚玉)に変更し、真ん中に挟まれている凸レンズを低屈折率硝材にすることでガウスタイプに対しペッツバール和の改善をはかったという考え方である。結果的には折衷案と同じになったわけだ。
ゾナーと言えば一般に解像力は控えめで線は太いが、ボケが穏やかで美しく、コマフレアが少ないためシャープでヌケの良い描写が特徴であり、対するガウスは高解像で線は細く色収差も少ないが、コマフレアがやや多く、ボケがやや不安定であるなどゾナーとは概ね正反対の特徴を持つ。レンズの配合が成功した事例としてはプロターとウナーからつくられたTessar、ガウスとトポゴンからつくられたXenotar /Biometar、ガウスとプラズマートからつくられたMiniature Plasmatなどがある。しかし、多くの場合には掛け合わせる両親の性質が混ざり合ってしまい、メンデルの優性の法則のように両親の形質と同等のものが受け継がれるわけではない。長所も短所も中庸化してしまうのが一般的で、都合よく長所のみが高水準で発現する可能性は遺伝子に情報を蓄える生物に比べると圧倒的に低いのである。しかし、それでもF1.5程度の明るさを実現できるレンズ構成が当時まだ数種類しかなく、ゾナーとガウスの配合にはそれなりの意味があったのであろう。
さて、本レンズにはゾナーの形質とガウスの形質がそれぞれどの様にあらわれるのであろうか。

SonnarタイプとGaussタイプの配合で生まれたハイブリットレンズたち。Nikonのみ文献3からトレーススケッチした見取り図で、他は特許資料からのトレーススケッチである

AI Nikkor 85mm F1.4Sは1981年に登場したNikonの一眼レフカメラ用レンズとしては初となるF1.4クラスの中望遠レンズである。フォーカッシングの際に光学系内部のいくつかのレンズ群をそれぞれ異なる繰出し量で動かす近距離補正(フローティング)方式を搭載しており、近接撮影から無限遠まで距離によらず良好な画質を得ることができるというのが特徴である。設計は下図に示すような5群7枚構成のSimlar/Septacタイプからの発展形態で、前群が空気層入りのゾナータイプ、後群がガウスタイプとなっている。前群の空気層には球面収差の膨らみ(輪帯部)を抑え解像力を高める効果があり、後ボケを柔らかくさせる二次的な作用もある。1995年には後継のオートフォーカスレンズAI AF Nikkor 85mm F1.4Dが登場するが、その後も生産は継き、2005年12月の生産終了まで24年間で合計約70000本が世に送り出された[参考1]。2010年には後継の新型レンズAF-S Nikkor 85mm F1.4Gが登場している。

★参考文献
文献1 Ryoji Tomita, JP Pat. no. S15-3014, 特許出願公告第3014号(Appl. date 1938)
文献2 Bertram Langton, Patent GB 553,844(Appl. date 1942)
文献3 「こだわりのレンズ選び part 2」 写真工業出版社 2006年
参考1 KenRockwell.com; Nikon 85mm F1.4
参考2 Nikon仕様表(公式)こちら
参考3  CANON CAMERA MUSEUM; Serenar 85mm F1.5 I
AI Nikkor 85mm F1.4Sの光学系: 構成は5群7枚のSimlar/Septacyタイプである。左側が前群(被写体側)で右側が後群(カメラ側)。文献3に掲載されていた構成図をトレーススケッチした


入手の経緯
レンズは2014年12月にレモン社銀座店の店頭で54000円(税込)にて購入した。商品のコンディションは同店の評価基準でAB+(極小の擦り傷があるが、目立ったキズのない美品)とのことで、純正フードとリア・キャップがついてきた。購入時は同店に同じモデルの在庫が3本あり、それぞれにA、AB+、AB+の評価がついていたので、一本一本ガラスを入念にチェックし光学系が最もクリーンな個体を選択した。私の選んだレンズにはホコリや汚れがあったが、これらは絞りの側の表面であったため、前群をユニットごと取り外せば光学系をバラさなくても美化できると判断、自宅に持ち帰り早速取りかかったところ読みは当たり、軽い清掃だけでレンズは素晴らしい状態になった。オークションでの中古相場は55000~60000円程度である。
重量(公式)620g , 絞り羽 9枚, フィルター径 72mm, 最大径x長さ 80.5x64.5mm, 最短撮影距離 0.85m, 5群7枚, 1981年9月発売(発表は1980年), 2005年12月生産終了, Nikon Fマウント,  絞り F1.4-F16, マルチコーティング(前玉と後玉でコーティングの種類が異なるようである), 近距離補正方式, 小売価格¥90,000(発売時)/¥107,000(販売終了時), 純正フード Nikon HN-20
撮影テスト
ボケの安定感やコマの少なさはゾナーの形質を見事に受け継いでおり、開放でもグルグルボケや放射ボケは殆ど検出できず、滲みやフレアも全く目立たない。穏やかで柔らかいボケ味となっている。ピント部は四隅まで充分に解像力があり、コントラストも良好で、スッキリとヌケのよい写りである。発色はノーマルで、絞りの開閉に対しても安定している。コーティングの性能が良いためか、よほど条件が悪くない限りゴーストやハレーション(グレア)とは無縁である。コマ収差は良好に補正されており、F1.4の開放では周辺部の点光源が僅かに尾を引く程度である。ちなみにF2まで絞れば拡大してもコマは全く検出できない[参考1]。歪みは全く目立たず、周辺光量落ちも開放においてさえあまり目立たない。階調描写は開放で適度に軟らかくトーンはなだらかで、少し絞るとシャープになり、更に深く絞るとカリカリな硬い描写へと変化する。デジタルカメラでの撮影時には開放でカラーフリンジが目立つ事があり、高輝度部に隣り合う低輝度部が色づいてみえる。これはフィルム時代のレンズにはよくあることで、レンズの収差設計がフィルムの感光特性に準拠していることに由来する。絞り込むとカラーフリンジは消滅するので、軸上色収差に起因するものであろう。もちろんフィルムでの撮影時には全く目立つものではない。最も驚いたのは、このレンズがゾナーとガウスの長所をかなり高水準で両立させている点である。そんな都合のよいことが本来は起こるわけがない。おそらく、本レンズに搭載された近距離補正(フローティング)方式と空気レンズの効果であるに違いない。いずれ機会があれば、これらを持たないSimlar 5cm F1.5(Topcor 50mm F1.5)やSerenar 85mm F1.5の描写を見てみたいと思う。
カラーフリンジの事を除けば、これといって取り上げるほどの弱点はなく、開放から完全に実用的な画質である。Nikkorにはよく写る(写りすぎる)モデルが多くオールドレンズ的な嗜好にはそぐわないため、本ブログではこれまであまり取り上げてこなかった。今回のレンズもやはり非の打ち所のない優秀なレンズである。あーあ。 
デジタル撮影
Camera: Nikon D3
Hood: Nikon HN-20 (純正)
F1.4(開放), Nikon D3(AWB): 「開放でここまで写るかニッコール」。写り過ぎるというのも困ったものだ。ピント部は解像力充分である
F1.4(開放), Nikon D3(AWB): 近接域でも滲みなどなくキッチリと写る
F1.4(開放), Nikon D3(AWB): 開放でも充分にシャープだ

F1.4(開放), Nikon D3(AWB): 背後のボケは適度に柔らかく滑らかで安定感もある。階調も軟らかくなだらかだ
F1.4(開放), Nikon D3(AWB): コントラストは高く発色も良い
F1.4(開放), Nikon D3(AWB): コマもよく抑えられており、ピント部は四隅でも高描写である。とてもヌケのよいクリアな写りだ。オールの辺りで少しカラーフリンジを拾っている





F1.4(開放), Nikon D3(AWB): グルグルボケの出そうな状況だが全く問題ない。パドルのあたりにやはりカラーフリンジがみられる。パドルが好きなのか?



 
ここまで全てF1.4の開放絞りによる撮影結果だが、ややカラーフリンジが見られる以外は非の打ちどころのない素晴らしい描写性能だ。続いて絞って撮影した結果である。
 
F2.8, Nikon D3(AWB): 絞れば消えるのでカラーフリンジは軸上色収差に由来するようだ




F2.8, Nikon D3(AWB):
F2.8, Nikon D3(AWB):
F4 , Nikon D3(AWB):
F2.8, Nikon D3(AWB):
F5.6, Nikon D3(AWB): ここまで絞るとデジタルカメラとの組み合わせではカリカリ過ぎる階調描写で、シャドー部がストンと鋭く落ちてしまい硬い印象を与える。ニコンらしいと言えばニコンらしいが










銀塩撮影
Camera Nikon FM2
Hood: Nikon HN-20 (純正)

F2.8, 銀塩撮影(SUNNY 100カラーネガ): 厳しい逆光もなんのその。ゴーストも全く出ない

F4, 銀塩撮影(SUNNY 100カラーネガ): 少し青みがのるのはフィルムの特性である
F1.4(開放), 銀塩撮影(SUNNY 100カラーネガ)カラーフリンジはフィルム撮影の場合には、ほとんど目立たない
F2, 銀塩撮影(SUNNY 100カラーネガ): 綿毛のようなボケ味だ。木にのっている方は本物の綿毛