おしらせ


2015/12/19

Fuji Photo Film X-Fujinon 50mm F1.9 (Fujica X-mount)*










Xフジノンの明るいノンガウス part 3(最終回)
これにて結成!フジノンのノンガウス3兄弟
Fuji Photo Film X-Fujinon 50mm F1.9
フジカ交換レンズ群の著しい特徴はコストを徹底して抑えるストイックなまでの開発姿勢がレンズのバリエーションに多様性を生み出している点である。レンズ構成はバラエティに富み、エルノスター型、クセノタール型、プリモプラン型、ゾナー型、ガウス型など何でもありのパフォーマンス空間が展開されていた。今回はその中から少し珍しい反転ユニライト型の設計構成を採用したX-Fujinon 50mm F1.9を取り上げる。この種の設計を広めたのは1960年代に中判カメラの標準レンズとして活躍したリンホフ版プラナー(G.ランゲ設計)である。本ブログでも過去にグラフレックス用に供給された同一構成のプラナーを取り上げているが、線の細い繊細な開放描写を特徴としていた。今回取り上げるフジノンは、このレンズにインスパイアされた製品であると考えられる。
レンズの設計はダブルガウスの前群側のはり合わせレンズを分厚い1枚のメニスカスレンズに置き換えた5群5枚の形態である(下図)。構成枚数がダブルガウスより1枚少ないうえ、後群のバルサム接合部が空気層に置き換えられているので、製造コストを抑えるには有効な設計であった。各エレメントを肉厚につくることで屈折力を稼ぎ、この種のレンズ構成としては異例のF1.9の明るさに到達している。このレンズは1970年代にM42マウントのフジカSTシリーズ用レンズとして登場し、X-Fujinonシリーズへの移行後(1980年~)も生産が継続された。
X-Fujinon 50mm F1.9の構成図。構成は5群5枚の反転ユニライト型(空気層入り)である。標準レンズでこのくらいの明るさを想定するなら通常は6枚構成によるダブルガウスを採用するのが定石であるが、本品は僅か5枚の構成でガウスタイプと同等の明るさF1.9を成立させている。接合面を全く持たないことも製造コストの圧縮には有利で、チープな製品を実現することにおいても高い技術力を投入することができた日本製品ならではの独自色を感じる  
入手の経緯
このレンズは2015年4月にヤフオクを介して東京の個人出品者から落札した。オークションの記述は「フジカAXシリーズのレンズ。状態は良好で奇麗。キャップはついていない」とのこと。スタート価格3000円、即決価格5000円で売り出されていたが、自分以外に入札はなく、開始価格3000円で私のものとなった。実に人気のないモデルである。届いたレンズは僅かなホコリと前玉にコーティングレベルのクリーニングマークが2~3本あるのみで、実用十分の状態であった。キットレンズとしての供給がメインだったのでカメラとセットで売られていることも多い。
Xフジノンのフランジバックは43.5mmとデジタル一眼レフカメラで用いるには短すぎるため、現代のカメラで使用する場合にはマウントアダプターを介してミラーレス機で用いることになる。どうしてもデジタル一眼レフカメラで用いたいならば、やや流通量は少ないがM42マウントの旧モデルを探すとよい。フジカXマウント用のアダプターがやや高価なので、アダプターを含めたトータルコストを考えると、M42マウントのモデルを選択した方が懐には優しい。
重量 150g, フィルター径 49mm, 絞り値 F1.9-F16, 絞り羽根 5枚構成,  最短撮影距離 0.6m, 構成 5群5枚(空気層入りの反転ユニライト型), 対応マウントはフジカXマウントとM42マウント, レンズは海外でPORSTブランドでも市販されていた




撮影テスト
開放ではピント部を僅かなフレアが覆いシャドー部の階調が浮き気味になるなど、オールドレンズにはよくある、いい場面もみられる。コントラストは低下気味となるが、これはXフジノンの明るい標準レンズに共通する性質なので、おそらく背後の硬いボケ味をフレアで覆い目立たなくするための意図的な描写設計なのであろう。フレアを抑えクッキリとしたシャープな像を求めるには一段以上絞って撮る必要がある。ポートレート撮影では背後のボケがザワザワと煩くなる事があるが、少し絞れば安定する。なお、グルグルボケや放射ボケは、このレンズに関しては全く出ない。発色はノーマルでシアン系の色乗りが力強く出るあたりは現代的な写りである。解像力は良好だが80年代のレンズとしてはごく平凡なレベルだ。
正直なところ大暴れの描写を求めていた私としては期待外れのレンズであったが、自分がレンズの描写に求める価値観やレンズとの相性がハッキリわかったので、それだけでも一つの収穫であった。

撮影機材 SONY A7, メタルフード使用
Photo 1, F1.9(開放) sony A7(AWB): 開放では極僅かにフレアが発生するが、これに独特の青みがかった発色が相まって肌が綺麗にみえる。解像力は高いしヌケもよい。絶妙なフレアレベルだ

Photo 2, F1.9(開放) sony A7(AWB): このくらいの距離では背後のボケが硬めでザワザワとうるさくなる。本レンズも含め5枚玉のレンズにはボケの硬いものが多い。ピント部の画質は四隅まで良好なレベルである






Photo 3, F1.9(開放) Sony A7(AWB): 厳しい逆光にさらしてみたが、空の色がちゃんと出た。ハレーション(ベーリンググレア)は出るがゴーストはでにくいようだ

Photo 4, F4 sony A7(AWB): これくらいが最短撮影距離。もう少し寄れるとよいのだが・・・

Photo 5, F4 sony A7(AWB): ハイライト部がもうちょい粘るといいのだが…ちなみにグラフレックス版プラナーはもっと粘った


 
今回の特集「Xフジノンの明るいノンガウス」ではガウスタイプのレンズとは異なる描写を求め、3本の明るい標準レンズを取り上げました。この中で私が一番気に入ったのは、皆さんご察しのことかもしれませんが、1本目の55mm F2.2です。理由は使っていて一番ワクワクしたレンズだからです。3本のレンズに共通する性質はレンズの構成枚数がガウスタイプよりも少ないことと、ボケ味が硬いことです。ボケ味が硬いのは球面収差の補正パラメータが不足しているからで、これは構成枚数が少ないことと密接に関係しています。補正パラメータの不足を収差の過剰補正で強引に処理していますので、その副作用としてボケの輪郭部に火面と呼ばれる光の集積部が生じ、ボケ味が硬くなるのです。この傾向が最も強かったのが4枚玉の55mm F2.2でした。バブルボケはオールドレンズに特有の描写特性であることを、改めて強調しておきたいと思います。
 

2015/12/18

Fuji Photo Film X-Fujinon 55mm F1.6(Fujica X-mount)*



Xフジノンの明るいノンガウス part 2
F1.6に到達した孤高のクセノタールタイプ
Fuji Photo Film X-Fujinon 55mm F1.6
クセノタール型レンズと言えばF2.8あたりまでが明るさの限界であると考えられてきたが、このレンズは例外的に明るく、なんとF1.6を実現している。構成図を下に示した[文献1]。恐らくこのタイプの製品の中では世界で最も明るいレンズなのであろう。富士写真フィルム株式会社(現・富士フィルム)が1970年代から1980年代にかけて生産したFujinonおよびX-Fujinon 55mm F1.6である。
クセノタールの構成で明るいレンズを実現するには、画角特性に目をつむり後群側の負のメニスカスレンズ(下図の右側から2番目のレンズ)を分厚く設計することが良いとされている[文献2]。このようなアプローチでF2前後の明るさを実現したレンズには英国のレイ(Wray)社が1944年に開発したユニライト(Unilite)がある。ところが今回取り上げるフジノンの場合には比較的薄いメニスカスを採用しながら、更にもう一段明るい驚異的な口径比に到達しているのだ。どういうマジックを使ったのか詳細まではわからないが、フジの高い技術力あってのレンズであることは間違いはない。

X-Fujinon 55mm F1.6の光学系(文献1からの見取り図):左が前方で右がカメラの側である。構成は4群5枚のクセノタール型。テッサーよりも解像力が高く、ダブルガウスよりも画角特性が優れフレア量が少ない分シャープなのが特徴である。明るいレンズを実現するために前群の正のレンズエレメントがたいへん分厚く設計されている。この種のレンズ構成としては1950年代に登場したビオメタール(Biometar)  F2.8 (ZeissのH.ツエルナー設計) とクセノタール(Xenotar)  F2.8/F3.5 (SchneiderのG.クレムト設計)が有名である

F1.6という奇妙な開放F値は想像を掻き立てられる興味深いスペックである。当初はF1.4を目指していたものの目標まであと一歩のところで届かず、志半ばにして開発を終えたかのようなメッセージを感じるのである。きっと、F1.5であれば焦点移動の許容幅に免じて押し通してしまうことも十分に可能だったはずであろう。しかし、それでは自分達の無念の思いを自ら書き消してしまうようなもの。そう考えたフジの開発者は一切の気の迷いもなく名板に口径比F1.6を刻んだのであろう(←いつものアホな妄想)。
 
富士写真フィルム株式会社(現・富士フィルム)が一眼レフカメラの生産に乗り出したのは1970年のフジカSTシリーズの発売からである。同社はこのシリーズに搭載する単焦点レンズを広角16mmから望遠1000mmまで20タイプも揃えており、標準レンズだけでも45mmから55mmまで何と7タイプも供給していた。レンズ構成もエルノスター型、ユニライト型、ガウス型、クセノタール型、プリモプラン型、反転ユニライト型、ゾナー型など多種多様で、何でも揃うフジカレンズのラインナップはマニア達を狂喜させる闇鍋のような状況になっていた。フジカSTシリーズは1979年まで生産され、1980年からは新型カメラのフジカAX/STXシリーズが登場、それまでM42マウントで供給されていた交換レンズ群(闇鍋)は一部のモデルが刷新されたのみで、ほぼ同じラインナップのまま新しいマウント規格(フジカXマウント)のX-Fujinonシリーズへと移行している。

重量(公式) 275g, フィルター径 49mm, 最短撮影距離 0.45m, 絞り F1.6-F16, 構成 4群5枚クセノタール型, 1970年にM42マウントの旧モデルFujinon 55mm F1.6(フジカSTシリーズ用)として初登場し、1980年のX-Fujinonへの移行後も生産が継続された。海外ではPORST名でも市場供給されている。対応マウントはSTシリーズ用に供給されたM42マウント(1970-1979年)とFujica AX/STXシリーズ用に供給されたFujica Xマウント (1980-1985年)の2種, M42マウントの前期型はモノコート仕様で同後期型とfujica Xマウントの後継モデルはマルチコート仕様(EBCコーティング)となっている





 
★参考文献
  • 文献1: Baris S.Bille WEB page, "X-FUJINON" 2015年秋までは閲覧できたが現在は閉鎖中となっている。フジカレンズの情報が完全に網羅され素晴らしい情報量を誇っていた。現在はキャッシュ検索のみにヒットする。
  • 文献2: 「レンズ設計のすべて:光学設計の真髄を探る」 辻定彦著
入手の経緯
レンズは2015年5月にドイツ版eBayを介し写真機材専門セラーのアラログラウンジさんから即決価格71ユーロ+送料7ユーロ(合計約10000円)で購入した。商品の解説は「グッドコンディションで使用感は殆どない。クモリ、傷はない。ホコリの混入はあるが撮影には影響ない。絞りに油シミはなく開閉は的確でスムーズ」とのこと。届いたレンズは極僅かなホコリの混入がある程度で、美品といっても過言ではない良好な状態であった。
このレンズはどういうわけか最近になって海外での相場が急騰しており、米国版eBayでの取引額は30000円前後を推移している。3年前は5000円~7000円程度で取引されていたレンズだが、フルサイズミラーレス機の登場によりフランジバックの問題が解消されると、中古相場は5倍程度にまで跳ね上がっている。ただし、日本やドイツなど一部の国は流行の波に乗り遅れていたため、最近まで驚くほどの安値で売られていた。私がレンズを探していた2015年春の段階で米国版ebayでの相場は2万5千円程度まで上昇しており、日本のヤフオクでは既にレンズが品薄状態になっていた。一方、ドイツ版eBayにはまだ豊富に流通しており6000円から10000円程度の即決価格で手に入れることができた。現在はドイツ版eBayでも品薄状態が続いている。
なお、入手の際にはダブルガウス型のX-Fujinon 50mm F1.6と混同しやすいのでご注意を。こちらの相場価格はこれまでどうりの安値で推移しているので、慌ててポチる人が後を経たないようである。
 
撮影テスト
クセノタールの構成でF1.6の明るさは衝撃的であると言わざるを得ないが、かなり背伸びをした製品であることを忘れてはならない。おおむねよく写るレンズではあるが、開放で最短撮影距離(0.45m)で撮る場合には画質的にかなりの破綻がある。この場合、ピント部は激しいコマフレアに包まれモヤモヤとソフトな描写傾向になる。コントラストは低く、四隅では顕著な解像力の低下がみられる。前ボケが硬いので収差変動がおこったようで、球面収差が補正不足のようである。ソフトな描写傾向を求める場合は別として、通常は絞って使う必要があるだろう。一方、被写体から少し距離を置くと画質は急激に改善する。最短撮影距離の設定を間違えているのではないか思う程の急激な変貌ぶりである。被写体まで0.6~0.8m程度距離をとれば開放でも実用的なレベルの画質となる。ポートレート域になるとコマフレアはだいぶ収まり、四隅の画質にはかなりの改善傾向がみられる。F2.8程度まで絞ればスッキリとヌケのよいシャープな像が得られ、四隅まで充分な解像力となる。背後のボケはやや硬めだがフレアに覆われているためか煩いほどではない。シュナイダーのクセノタールでは若干見られたグルグルボケであるが、本レンズの場合には距離によらず全く発生しなかった。

撮影機材 SONY A7, メタルフード
Photo 1, F4 sony A7(AWB): 中心部の解像力は良いものの最短撮影距離では四隅の画質が破綻気味になる。(こちら)に示すとおり開放ではコマフレアが多く、更に厳しいことに

Photo 2, F2.8 sony A7(AWB): 少し被写体から離れれば画質は急激に改善する。最短撮影距離の設定を間違えたのではないかと思うほどの変貌ぶりである。開放では(こちら)に示すようにコマフレアが残存し、発色は依然として淡白である
Photo 3, F1.6(開放) sony A7(AWB): 開放でもポートレート域ならば、このとおり画質的には問題ない

Photo 4, F2.8 sony A7(AWB):やはりクセノタール型はF2.8辺りからが安定感を感じる


















Photo 5, F5.6 sony A7(AWB): 


Photo 6, F2.8 sony A7(AWB): 
Photo 7, F4 sony A7(AWB): このくらい絞れば四隅まで十分な画質だ

Photo 8, F1.6(開放) sony A7(AWB):